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人間性をどう保ち、どう許諾するか/AIをめぐる約束事
公開日: 2026/07/02

特集:カンヌ国際映画祭 2026 第11回<カンヌ映画祭2026レポート 映画とAI編 5>

前回までは、AIをめぐる「実装」――新しい作り方(生成)、既存の現場への組み込み(支援)、そしてクリエイターと技術者の協業――を見てきました。ただ、新しい作り方が一過性で終わらず続いていくには、権利や同意をめぐる約束事が必要です。それが3つの軸の2つ目である「倫理」です。カンヌでは「人間性をどう保つか」という問いと、許諾の具体的な仕組みづくりが、各企業での取り組みとともに語られていました。
※本記事で触れられている内容は2026年5月時点の情報です。

フランスのスタートアップIPFCのエマニュエル・リプシッツ(Emmanuel Lipszyc)氏 「AI for Talent Summit」セッションに登壇した、
フランスのスタートアップであるIPFCのエマニュエル・リプシッツ(Emmanuel Lipszyc)氏
Marché du Film © Snap Motion / ADR

 

《目次》
 

「人間中心のAI活用」をどう保つか

5月13日、マルシェ・ドゥ・フィルムと中国電影家協会が共催したラウンドテーブルで、清華大学教授で中国電影家協会副主席の尹鴻(イン・ホン)氏は、こう述べました。「いかにして機械の奴隷ではなく、機械の主人になるか。これは映画の問題ではなく、人類にとっての本質的な問題です」。私たちが主人であり、AIが道具である、という関係を保てるかが問われていると指摘しました。

連載の第8回で紹介したアロノフスキー監督の「AIは純粋に付け加わるもの」という見方や、第10回でGoogle DeepMindのアンディ・コーネン氏が述べた「AIを、世界を組み立てる仲間と捉えれば、それは人間にも物語にも、私たちが映画で愛するすべてに沿うものになる」という見方もありました。このように「人間性をどう保つか」という問いは、重要なトピックとして多くの場面で取り上げられました。

人間が主体となって、主人として技術を使う際にもう1つ大事な人間性のテーマとして、「倫理と責任あるAI(Ethical and Responsible AI)」があります。権利、同意、透明性、創造的な誠実さをどう守るか。人間が主体となった上で、技術活用により健全で継続可能な価値創造に向けて、プレイヤーが倫理と責任を守れる仕組みが必要です。

 

倫理と責任を伴うAIを目指して―IPFCの施策

5月15日の「AI for Talent Summit」セッションにおいて、フランスのスタートアップであるIPFC(Intellectual Property For Creators)のトーマス・コーエン氏(Thomas Cohen)とエマニュエル・リプシッツ氏(Emmanuel Lipszyc)は、2025年3月に起きた出来事を引きました。OpenAIのサム・アルトマン氏が自身のプロフィール画像をスタジオジブリ風に変え、画像生成の能力を示したところ、1週間で7億枚もの画像が生成され、OpenAIは画像生成関連で1週間に推定で約7,000万ドルの収益を上げたといいます。

OpenAIのサム・アルトマン氏と、スタジオジブリ風のプロフィール画像 OpenAIのサム・アルトマン氏と、スタジオジブリ風のプロフィール画像

 

一方、宮崎駿氏に支払われた報酬はゼロでした。著作権法は具体的な作品を守りますが、「画風」というスタイルは守らないからです。

両氏はここから、「プロンプトこそ、IPが機械に入る正確な瞬間であり、監視し、保護し、収益化できる唯一の瞬間です」とし、「名前が、新しいブランドになる(Name is the new brand)」と提言しました。例えば、「タランティーノ風に脚本を書いて」とプロンプトに打ち込む行為は、クリエイターの名前そのものが無許諾でAIに指示を与える瞬間であり、IPFCではこの「名前」を監視・保護の目印だと位置づけています。

加えて、現状は音楽産業がNapsterからSpotifyへ移行した頃の局面に似ていると指摘しました。音楽産業においては、作品や作家の名前が登録されていることでロイヤリティを生み、正規の市場を形成できました。IPにおいても同じ構造が起きようとしていることから、「最初に正規の仕組みを実装したプレイヤーが市場を取る」と語りました。

タランティーノ監督の名前を用いたプロンプト入力例
NapsterからSpotifyへの移行を説明したスライド

セッションでは、毎日8,000万枚のAI生成画像がSNSに投稿されており、2026年末までにはデジタルコンテンツ全体の90%が完全または部分的にAIによって生成されているとの研究が紹介されました。こうした問題意識のもと、IPFCは6月30日に、IPを監視・制御する会員向けのサービスを公開しました。1847年に生まれた集合的権利管理(フランスの音楽著作権利団体SACEMの前身)の現代版を目指すといいます。

 

人が許諾する仕組みを作る、Respeecher・ElevenLabs・Flawless

こうした動きは、声の分野でも同様にみられました。第9回で取り上げた、Respeecher、ElevenLabs、Flawlessのセッションでは、いずれもAIについて倫理的な側面から触れていました。

音声合成ソフトウェア開発のRespeecherは、ハリウッドのメジャーと8年にわたり協業してきた背景を「倫理を最優先にしてきたからだ」と説明し、登壇したマルガリータ・グルビナ氏(Margarita Grubina)は「魔法のボタンはまだ存在しません」と述べました。自動で完璧に処理できるわけではなく、透明性が重要だ、という意味です。声の持ち主が、自身の声データの使われ方やデータの流通範囲をコントロールできる設計にしているとも語りました。

音声AI開発のElevenLabsのアレックス・ジョージ氏(Alex Georges)は、声優への支払いが累計2,200万ドルに達したことを示し、声の持ち主が制御権を持つ仕組みや、大御所の俳優の声を正規にライセンスする市場を紹介しました。同氏は、自動の一発吹替ではなく人間が深く関与する以上、「人間が関与する(Human in the loop)」よりも「AIが支援する(AI-assisted)」と呼ぶべきだと述べました。

監督・脚本家でもあり、AIツールで映像吹替を行うFlawlessの共同CEOのスコット・マン氏(Scott Mann)も、同意と著作権、そして修正の来歴の追跡を重視していました。

 

EUで進むAI規制適用、カンヌ閉幕後も進む

こうした企業の取り組みの外枠として、複数のセッションでEU AI Actが言及されました。これはEUで段階的に適用が進むAI規制であり、Flawlessのマン氏は助言にも関わっているとも話しました。法規制が適用されつつあるなかで、同氏は2つの「現実から目を背けた」態度が危険だと述べました。1つは規制を無視すること。それでは作品を世に出せなくなってしまう。もう1つは、アーティストの当事者性を無視することです。

カンヌ閉幕後も、こうしたAI規制の取り組みがみられています。俳優・プロデューサーのケイト・ブランシェット氏が共同創業者を務める非営利団体RSL Media(Really Simple Licensing)は6月23日、「Human Consent Registry(ヒューマン・コンセント・レジストリ)」を欧州議会で発表しました。これは、誰でも無料で自分の名前・声・肖像・動作などについて、AIによる利用を「許可」「条件付き許可」「禁止」の3段階で登録できるという仕組みです。登録情報は機械判読可能な形式で公開され、AIシステムが参照できるよう設計されており、トム・ハンクス、エマ・トンプソンらも支持を表明しています。

ここまで、「規制すべきか、しないか」という二分論ではなく、許諾・ロイヤリティ・透明性の仕組みを作りながら、欧米を中心に企業の実装レベルで動き始めている事例を紹介してきました。EUでの法整備は、すでに議論の段階から実際に適用される段階に至っています。日本のクリエイターや政府・企業においても、こうした仕組みづくりをどのように進めるべきかはこれからの論点です。

次回は3つ目の軸「教育」を扱いながら、これらが日本のクリエイターにとって何を意味するのかを考えます。

特集:カンヌ国際映画祭 2026