カンヌ映画祭におけるAI、賛否の外にあった「実装・倫理・教育」という視点
公開日: 2026/06/26
第79回カンヌ国際映画祭の会期中もAIは映画祭の内外で大きな話題になりました。映画祭併設マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」の次世代テクノロジー部門「Cannes Next」では、技術企業・スタジオ・配給・教育機関・映画作家が同じ場に集まり、AIが敵か味方かではなく、その価値と課題を具体的に見つめる議論が交わされていました。主催側が掲げたのは「実装・倫理・教育」という3つの軸です。本特集の<映画とAI編>では、この3つの視点からカンヌ映画祭のAI議論を読み解いていきます。
※本記事で触れられている内容は2026年5月時点の情報です。
AIをめぐるカンヌ映画祭内外のノイズ
会期中、AIは映画祭における大きな話題の一つでした。コンペティション部門の審査員を務めた俳優のデミ・ムーアは、会見でAIについて問われ、「AIはもうここにあります」「それと戦うのは、負ける戦いです」「ともに働く道を探すほうが価値があります」と述べました。同時に、業界が自らを十分に守れているかという問いには「おそらく守れていないでしょう」とも語っています。脚本家との見解の相違を含め、こうした発言の一部が切り取られて広まり、SNS上では彼女の発言に対して賛否が分かれました。
報道にも混乱がありました。生成AIで作られた長編が「カンヌで初めて上映された」と海外の有力紙が報じ、各所に転載されました。しかし、実際に上映されたのは映画祭の公式プログラムではなく、カンヌ市内の映画館で開かれた第三者主催のイベントでした。映画祭側も公式の選定作品ではないと説明。このようにAIをめぐる断片的な情報が増幅されやすいことを示す事例がありました。
「Cannes Next」が追求したのはAIの価値と課題
「マルシェ・ドゥ・フィルム(以降、マルシェ)」でテクノロジーをテーマにしたカンファレンスやネットワーキングのプログラムである「Cannes Next」は、こうしたAIが敵か味方かなどのように過剰に反応する姿勢とは対照的に、その価値と課題の両方を捉えていました。「Cannes Next」で行われた2日間(5月15日、16日)のイベント「AI for Talent Summit 」のモデレーターを務めたギヨーム・パヤン氏(Guillaume Payan)は冒頭で、「ここでの対話は、盲目的な楽観でも、純粋な恐怖でもありません。現実の課題と機会に根ざしたものです」と述べ、「映画におけるAIの未来は、一つのグループだけで形作られるべきではありません。技術を作る人々と、物語を語る人々が、ともに形作っていくべきものです」と続けました。
モデレーターを務めたギヨーム・パヤン氏(左)。Marché du Film © Snap Motion / ADR
マルシェは、スタジオ、映画作家、プロデューサー、技術企業、スタートアップ、投資家、配給と、エコシステムのあらゆるプレイヤーが一堂に会する場です。マルシェのエグゼクティブディレクター、ギヨーム・エスミオール氏(Guillaume Esmiol)は、2日目のセッションで、なぜこれほどイノベーションに投資するのかを説明しました。「映画は常に技術と芸術のユニークな融合であった。だからマルシェは『才能と映画産業に資するイノベーション』を後押しする立場にある、というのが基本姿勢です。『Cannes Next』『AI for Talent Summit』『Village Innovation』、没入型作品のコンペティションとマーケットなど、マルシェは技術を扱う場を幅広く設けています。そして世界最大の映画市場として、IPの権利や責任あるAIの利用といった論点を議論のテーブルに乗せる役割があるとし、抽象論ではなく、ハンズオンのデモや具体的なユースケース、監督・プロデューサー・配給・クリエイターの現場の声を重視する」と述べました。
「AI for Talent Summit」の様子。Marché du Film © Snap Motion / ADR
主催側が掲げた3本柱、そして発展に必要な3つの条件
5月15日・16日の2日間にわたって開かれた「AI for Talent Summit」の冒頭で、共同モデレーターを務めるCinqCのCEOクリスティン・デイヴィス氏(Kristen Davis)は、サミットを貫く3本柱を提示しました。一つ目は「実験から実装へ(From Experimentation to Production)」。AIはデモやプロトタイプの段階を超え、創作と制作のワークフローに実際に入り込んでいる、という認識です。二つ目は「倫理と責任あるAI(Ethical and Responsible AI)」。権利、同意、透明性、創作の誠実性をどう守るか。三つ目は「教育と実践(Education and Action)」。技術的なギャップだけでなく、教育上のギャップこそ大きい、という問題意識です。
モデレーターを務めたクリスティン・デイヴィス氏Marché du Film © Snap Motion / ADR
この3本柱は、技術が産業の発展に寄与するために必要な条件と重なります。一つ目の実装は、既存の作り方を壊し、新しい作り方・速さ・そして作れる人の幅を生む「破壊と創造」です。二つ目の倫理は、生まれた新しいパラダイムが一過性で終わらず継続するための、権利と同意と透明性をめぐる約束事を決めること。三つ目の教育は、産業のすそ野を広げ、次の作り手を育てる発展の下地づくりです。新しい技術が産業を一時的に賑わせるだけで終わるのか、それとも長く発展につながるのか。その分かれ目は、この3つが揃うかどうかにあるといえるでしょう。
マルシェでは、5月13日に開催された中国電影家協会との共催による「Golden Rooster Roundtable: Optimizing Artistic Creativity & Production Workflows in the Era of AI」や、同日に「Cannes Next」枠で行われた「Cannes Next Opener」、15日・16日の2日間にわたる「AI for Talent Summit」など、AIについて考えるパネルが多数ありましたが、本特集では、この3つの軸でカンヌのAI議論を順に検証していきます。
「誰がAIの未来を決めるのか」
「Cannes Next」の議論を通して繰り返されたのは、「誰がAIの未来を決めるのか」という問いでした。技術を作る側だけでも、物語を語る側だけでもなく、双方が同じテーブルで決めていく。パヤン氏の言葉は、その姿勢を表しています。そしてパネリストとしてテクノロジー提供企業側だけでなく、クリエーターも多く登壇しました。
次回からは、「実装・倫理・教育」の3つの軸に沿って具体を見ていきます。第8回から第10回では「実装」を、AIが新しい作り方とスピードを生む側面と、既存の制作現場を支える側面の二つに分けて取り上げます。第11回では「倫理」を、人間性をどう保つかという問いと、許諾の仕組みづくりの両面から整理します。そして第12回では「教育」を扱いながら、これらが日本のクリエイターにとって何を意味するのかを考えます。
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