記事

日本アニメの持つ可能性、『鬼滅の刃』大成功に見るCrunchyroll×ソニー・ピクチャーズの統合戦略と東映アニメーションらの挑戦
公開日: 2026/06/09

特集:カンヌ国際映画祭 2026 第4回<カンヌ映画祭2026レポート 日本からのメッセージ2>

ここ1年間の日本映画最大の成功は、全世界興収1,179億円を記録した『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』ではないでしょうか。「日本からのメッセージ」第2弾となる本稿では、同作の海外配給を担当したCrunchyrollと親会社であるソニー・ピクチャーズのセッションを紹介します。

ソニー・ピクチャーズのサンフォード・パニッチ氏(Sanford Panitch:President, Sony Pictures Entertainment Motion Picture Group)とCrunchyrollのミッチェル・バーガー氏(Mitchel Berger:EVP, Global Commerce & Theatrical, Crunchyroll)は、5月17日 “Cinema, Storytelling, and the Rise of Global Anime”のセッションに登壇しました。パニッチ氏は、5月14日の“The Global Impact of Japanese Intellectual Property(モデレーター:エンタメ社会学者・中山淳雄氏)”にも登壇し、ソニーのコンテンツ製作者の立場から、日本IPに注目する背景について語りましたが(参考記事)、ここではバーガー氏とともに、「Crunchyroll×ソニー・ピクチャーズ」の統合体制について語りました。
※本記事で触れられている内容は2026年5月時点の情報です。

左からサンフォード・パニッチ氏、ミッチェル・バーガー氏
《目次》
 

アニメ関心層は世界10億人規模へ

バーガー氏は 「アニメはジャンルではなく、メディアです。物語を語る一つの方法です」 と述べ、アニメのニッチを超えた全世界的な広がりを強調しました。そして、アニメの定義について「日本のクリエイターの手を経て初めてその感性を持つ作品になります」と日本発を重視する一方で、『俺だけレベルアップな件』(韓国ウェブトゥーン)、『すずめの戸締まり』(新海誠オリジナル)、『Ghost of Tsushima』(ソニー・インタラクティブエンタテインメントのゲーム)のように素晴らしい原作が世界中にあると、アニメの拡張性を語りました。また、Crunchyrollの調査によるとアニメの関心層は世界10億人に達すると見込まれ、2025年時点で13〜54歳のエンタメ消費者の44%がアニメファンを自認しており、特にフランス、インド、東南アジア、ブラジルが高成長していると共有しました。アニメ関心層の増加は、Crunchyrollの有料会員数がソニーによる買収時である2021年の500万人から2026年現在までに2,100万人に拡大していることにも裏付けられます。

 

全世界興行収入1,000億円を超えるソニーグループの力「1+1=2.5〜3」の相乗効果

『鬼滅の刃』の世界展開は、その代表例です。劇場版「無限城編」は全世界で約7億ドル(およそ1,000億円超)の興行収入を記録し、2025年世界興行収入7位にランクインする快挙となっています。パニッチ氏は、「アニメ市場は小さい」と見られてきたテリトリーでも本作が大ヒットしたことを、業界全体への警鐘("wake-up call")と表現しました。続けて「この成功は、Aniplex・ufotable・Crunchyroll・ソニー・ピクチャーズの4社が完全に同期して世界展開を進めた体制によるもの。同じ流れは『チェンソーマン』にも引き継がれている」と語りました。バーガー氏は、7〜8年かけてストリーミングでファンベースを築き、それを劇場で活性化させる進め方を、その勝ち筋として挙げました。

両者の相乗効果を、パニッチ氏は「Crunchyrollの専門知識と、ソニーの約50拠点のグローバル配給力で、1+1=2.5〜3になります」と説明。『スパイダーマン』と『鬼滅の刃』の両作品を同じマーケティング/配給チームが担当することのメリットを語りました。「クランチロールが持つアニメ・ファンダムへの深い専門知識と、ソニーが世界に約50拠点を構える配給網。この2つが同時に機能するマーケティング・配給オペレーションとなります。重要なのはパートナーシップであること」と語りました。バーガー氏は協働する取り組みの特徴についてコメント。「情報は一方通行ではなく、Crunchyrollはソニーにアニメの知見を提供し、ソニーは各テリトリーの現地知見をCrunchyrollに戻す、双方向の流れがあります」。この話を受けてさらにパニッチ氏は「各国のローカルチーム、現地のスター、現地のパブリシストとの関係を築いてきたことが、作品ごとの世界展開を支えている」と語り、こうした取り組みの土台にソニーが数年前から進めてきた「Lead Local」戦略があることを明かしました。

劇場体験についてパニッチ氏は、「尖ったオリジナルは劇場へ、中庸はストリーマーへ」 と述べ、コロナ以降のトレンドとして、年配層が劇場に戻りきっていないものの、18〜35歳の若年層が徐々に戻ってきていることを指摘。「この年齢層はアニメファンの中心層と重なります」と付け加えました。

 

アニメの取り組み①——『HIDARI』、東映アニメーション

アニメ領域でも、マルシェ会期中に新しいプロジェクトの発表とスタジオ各社の戦略共有が集中しました。

『HIDARI』:主演声優にキアヌ・リーブス起用(5月17日発表/Annecy Animation Showcase)

川村真司監督によるストップモーション・アニメーション長編『HIDARI』に、ハリウッド俳優キアヌ・リーブスが主演声優として参加することが、マルシェで開催された「Annecy Animation Showcase」内のプレゼンテーションで発表されました。本作は江戸時代の伝説的彫刻職人・左甚五郎の逸話・伝説に着想を得たサムライアクション叙事詩で、2023年に公開された川村監督のパイロットフィルム(YouTube累計約500万回再生以上/2026年6月5日時点)の長編化です。制作は dwarf studios、Whatever Co.、TECARATの3社共同開発、小川育氏が共同監督・キャラクターデザインを、松本紀子氏らがプロデューサーを務めます。日本発のストップモーション長編に世界的なハリウッド俳優を主演声優に据えるという、これまでにないキャスティングの組み方となりました。

東映アニメーション:「東洋のディズニー」から「世界共通言語としてのアニメ」観に基づく挑戦(5月17日発表/リヴィエラ)

5月17日のセッション“Toei Animation: Scaling a Global Animation Strategy”では、東映アニメーションからグローバル戦略を担う浅間陽介氏が登壇し、同社の70年の進化を語りました。「Disney from Orient(東洋のディズニー)」を目指したところから出発し、大人もターゲットにしたアニメ作りに挑戦してきた歴史を説明。そして、この5〜10年でストリーミングサービスなどの新しい方法により世界中の人々が突然アニメを再発見したいま、アニメを「世界共通言語(Anime as Worldwide Language)」にしていく挑戦を語りました。

基盤は変えず、歴史の上に積み上げる

続いて登壇した同社プロデューサーの池澤良幸氏は、70年の歴史の先に同社がどこへ向かうのかを語りました。グローバル展開の前提として「我々の基盤は、日本で築いてきた日本アニメのクリエイティブの強みであり、それは変わりません。我々の責任は、ファンが愛するタイトルやキャラクターを守り、育てることです」と述べ、クラシックタイトルと進行中のシリーズ、クリエイター・パートナー・ファンを大事にする姿勢を示しました。そのうえで「グローバルへの挑戦とは、自分たちが何者であるかを変えることではなく、歴史の上に積み上げることです。長年、東映は日本でアニメを作ってきましたが、いまは世界中のパートナーとともに、企画の早い段階からアニメーションを作ろうとしています」と語りました。

コンセプトは「Stories Rooted in Regional Culture(地域文化に根ざした物語)」

池澤氏は「日本アニメは日本発の物語だけでなく、他の文化から生まれた物語も支えることができます。単にスタイルや美学の話ではなく、聞くこと、共に作ること、それぞれの地域文化への敬意が大切です」と説明しました。

既存の事例としては、フランスのZag Entertainmentとの協業『ミラキュラス レディバグ&シャノワール』シリーズ(2015年〜)、サウジアラビアのマンガプロダクションズと協業した『アサティール 未来の昔ばなし』(2020年〜)、アラブ文化・歴史に根ざした長編『ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語』(2021年)、フランスのスタジオ・ラ・カシェットと共同製作した“Le Collège Noir”(2023年)が紹介され、中国でも現地パートナーとのプロジェクトが開発中(未発表)であることが明かされました。また、韓国の絵本作家ペク・ヒナ氏の原作による『あめだま』は、2025年アカデミー賞短編アニメーション部門に東映として初めてノミネートされています。

北米向けの新挑戦『Monkey Quest』

北米文化に根ざしたファミリー・アニメを日本アニメの強みで実現する『Monkey Quest』は、北米向けの新挑戦と位置づけられました。池澤氏はこれを「既存事業の置き換えではなく、拡張です」と説明。6月のアヌシー国際アニメーション映画祭の「Work in Progress」に選出されており、フランスの国際セールスエージェントはCharades、北米では配給パートナーと最終交渉段階にあることも明かされました。

70年変わらない経営理念

池澤氏は「日本アニメは単なるコンテンツの類型やジャンルではなく、力強い物語の語り方です。オーディエンス——特に若い世代——の準備はできています」と述べ、「アクション、コメディ、ドラマ、ファンタジー、友情、感情、夢。アニメはこれらすべてを載せることができ、子ども、ティーン、大人、家族、ファンに世代を超えて語りかけられます」と続けました。結びには、「世界中の子どもたちと人々に夢と希望を届けるアニメ創造のリーダーになる」という東映の経営理念が70年間変わっていないことを挙げました。

 

アニメの取り組み②——TRIGGER、CoMix Wave Films、配給会社

TRIGGER:「オリジナルアニメのDNAは途絶えてはいけない」(5月17日発表/リヴィエラ)

5月17日のパネル“ The Global Appeal of Japanese Anime and the Creative Forces Behind It ”には、TRIGGERの大塚雅彦代表取締役社長とCoMix Wave Filmsの徳永智広代表取締役社長が登壇し、オリジナルアニメへの取り組み方と哲学を語りました。

大塚氏は「オリジナルアニメのDNAは途絶えてはいけない」と述べました。マンガ原作が主流となるアニメ業界の中で、STUDIO GHIBLI→GAINAX→TRIGGERと続く「オリジナル文化」の系譜を意識した発言です。ポーランドのゲーム開発会社CD Projekt REDとの協業による『サイバーパンク:エッジランナーズ』の実態も共有されました。さらに大塚氏は「アニメーションは娯楽。娯楽を楽しむには世界が平和でなければならない。アニメは文化を超える力がある。その意味で世界の平和につながる。平和への願いを込めた」と制作にかける思いを語りました。

CoMix Wave Films:「作家ありきのスタジオ」

徳永氏はCoMix Wave Filmsを 「新海誠監督がいて、そこからスタジオができた、作家ありきのスタジオ」 と紹介しました。しかし、新海監督以外の監督との新作短編も製作中です。監督に求める3条件として、①物語を語るのにすべてをさらけ出すこと、②日本語を使えること(新海監督の作品には1,500人が関わり、皆日本にいる)、③作業する人へのリスペクト、を挙げ、「語りたいことを語るだけではダメで、語りたいことと語るべきことのバランスが取れることが重要」との考えを示しました。

配給会社の視点——Eurozoom、BF Distribution

海外配給の場でも、日本アニメに対する明確な戦略が語られました。5月17日のパネル“ From Japan to the World: Expanding the International Distribution Potential of Japanese Animation” で、フランスの配給会社Eurozoomのアメル・ラコムCEOは、前述のCrunchyrollのミッチェル・バーガー氏と同様に次のように述べました——「アニメーションはジャンルではありません。日本アニメは、非常に多くの異なるスタジオが、非常に多くの異なる物語を語った、非常に多くの異なる映画なのです。日本アニメの力は世代を超えて届きます」。

同セッションに登壇した配給会社BF Distributionのエドゥアルド・カラー氏(Chief Strategy Officer)は、ストリーマーとの関係を次のように示しました「配信プラットフォームを競合だとは思っていません。(ユーザーの)時間の奪い合いという意味では競っていますが、彼らは作品を知ってもらうきっかけを作ってくれます。スタートとしてはとても良いことだと思います」。

スタジオごとに異なる哲学を持ちつつも、共通して語られたのは 「日本アニメは特殊な物語の語り方として価値を持ち続けている」 という認識でした。『HIDARI』のキアヌ・リーブス起用、東映アニメーションの多文化のアニメ制作、TRIGGERとCoMix Wave Filmsのオリジナル文化継承、そしてEurozoom、BF Distributionといった配給会社の戦略は、いずれもアニメの発展、新しい未来を形にしようとする取り組みといえるでしょう。

特集:カンヌ国際映画祭 2026