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映画館ビジネスでのAIと人間の協業の在り方~AI導入で「拡張する」映画館の可能性(後編)
公開日: 2025/05/12

特集:世界映画興行ビジネスの現在地 CinemaCon2025 第6回

映画ビジネスだけでなく、人類の営み自体を根本から変えつつあるAI。本記事では、CinemaCon2025で注目された「興行におけるAI」がテーマのセッション“AI in Exhibition: Transforming Technology and Operations”(4月3日8時開催)の様子をレポートします。AI導入を推進する興行会社のリーダー、AIソフトウェア企業のトップらが登壇した本セッションの後半では、今後数年にわたって予測される、劇場業務でのAI革新の方向性についても議論が交わされました。
※本記事で触れられている内容は2025年4月時点の情報です。

 

AIの波が作り出す雇用

 


左から、トニー・アダムソン氏(SVP:GDC Technology America)キラン・ハヌマイア氏(VP、Information Technology:Malco Theatres)、ジェフ・ローゼンフェルド氏(SVP of Digital and Customer Experience:Cinemark)、オットー・タートン氏(Chief Commercial Officer:Vue)、ノーマ・ガルシア氏(CEO:NRJ Media Group)、マシュー・リーブマン(Chief Product、Innovation & Marketing Officer:Vista Group)、アラン・ロー(CEO:Jacro-Tapos)、ハリシュ・アーナンド・ティラカン氏(Chief Executive Office:Influx)

モデレーターのトニー・アダムソン氏(SVP:GDC Technology America)の、「AIで生成された画像・動画・文書は映画館マーケティングにどのように使われていますか? 著作権の懸念は?」という投げかけに対し、各社が活用例を共有しました。Jacro-Taposのアラン・ロー氏は「500文字で主要キャストを含む映画説明文を、AIに初稿生成するよう依頼すると、高速で作成できました。しかし、そのまま使うべきでなく、人間が編集して完成度を高める必要があります」と述べました。Vueのオットー・タートン氏も「AIは90点の成果を即座に出せますが、今はまだ最後の仕上げを人間が担うべきです」とし、Cinemarkのジェフ・ローゼンフェルド氏も「生成AIはアイデア出しや下書きには有効ですが、顧客心理を理解する創造性は人間にしかできません」と、AIとの共同作業の形での利用が望ましいと述べました。一方で、著作権への配慮も重要と語るNRJ Media Groupのノーマ・ガルシア氏。「AIで生成した画像に使われるフォントなどは、著作権保護の対象外となる可能性があります」と注意を促しました。

話題は、AIと雇用の関係についても及びました。Influxのハリシュ・アーナンド・ティラカン氏は「AIに仕事を奪われるのではなく、AIを使える人が仕事を得る時代が来ています」とし、AIは人間の選択の幅を広げ、時間を生む存在であると定義しました。Malco Theatresのキラン・ハヌマイア氏は、「AIは自分の弱みを補完してくれる存在」と述べ、Vista Groupのマシュー・リーブマン氏も「AIによるセルフサービス化により、接客スタッフを“体験価値”にシフトできる」と、業務再編の可能性に言及しました。また、Vueのオットー・タートン氏は「無人入退場システムを導入しましたが、顧客は“人との接点”も求めています」と述べ、テクノロジーと人間の融合が求められると主張しました。

 

「映画館経営がポケットに収まる」時代へ‐AIが切り開く劇場の未来

 

セッションの後半、今後映画館がAIにどのように取り組むべきか議論されました。なかでも、小規模劇場でのAI活用については、各登壇者が「むしろ恩恵を受けやすい」との認識を示しました。Jacro-Taposのロー氏は「中小規模劇場の方が、知識やリソースが限られている分、AIの支援が相対的に大きくなります」と述べ、Vista Groupのリーブマン氏も「無料ツールも多く、技術は民主化されており、シネコンと中小規模劇場の平準化が進みやすくなったと思います」と語りました。

一方で、Cinemarkのローゼンフェルド氏は、どの規模の企業においても、むやみに大量のAIツールを使うのでなく、「最も効果が出る用途に絞るべき」と助言。さらに、Vueのタートン氏は、「中小規模劇場は、専門ベンダーなど外部パートナーとの連携が鍵になる」と強調しました。

最後に、モデレーターのアダムソン氏が「5年後に映画館業界を変えるAIのイノベーションとは何か?」と質問し、各社が映画館業界におけるAI活用のビジョンを語りました。Vista Groupのリーブマン氏は、マーケティングやパーソナライゼーション、需要予測などにおける効率化が重要とし、その例として、映画館運営者向けに毎朝2分間の音声レポートを配信するアプリを紹介。「映画館経営がポケットに収まる」と未来を提示しました。Cinemarkのローゼンフェルド氏は「大規模な機械学習と、日常業務での小さなユースケースの積み重ね、どちらも重要です」と述べました。また、NRJ Media Groupのガルシア氏は、自身の住むサンフランシスコで、階段を上る配送ロボットを目撃した事例を紹介し、「ロボティクスとAIの融合も間近に迫っているようです」と語りました。さらに、Vueのタートン氏は「全従業員にAIを浸透させるための、文化づくりが成功のカギとなります」と指摘。導入時の教育の重要性を強調しました。

本セッションを通して、AIは「映画館の業務を奪うものではなく、人間の能力を“拡張”する存在」として位置づけられており、特に中小規模の劇場では、創意工夫次第で先端的なAI活用が可能になるとされました。AI導入の第一歩として、まずは日常業務の中でAIに慣れることが求められます。テクノロジーと人間の感性を組み合わせることこそが、これからの映画館経営において成功のカギを握るといえるでしょう。

 

特集:世界映画興行ビジネスの現在地 CinemaCon2025