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日本「洋画市場」への意味合い~特集:世界映画興行ビジネスの現在地 CinemaCon2025
公開日: 2025/05/30

特集:世界映画興行ビジネスの現在地 CinemaCon2025 第8回

これまで7回にわたり、CinemaCon2025で語られた映画産業の課題と展望を見てきました。今回は特集の最終回として、日本市場にとってCinemaConがどのような意味を持つのか、特にスタジオのラインナップについて考えます。
※本記事で触れられている内容は2025年4月時点の情報です。

洋画市場の成功はすなわちこのラインナップ作品がどうなるか

 

特集:CinemaCon 2025 スタジオプレゼンテーション」で紹介したとおり、各スタジオは自社の戦略や作品ラインナップをアピールしました。洋画の興行収入の大半は、アメリカを拠点とするメジャースタジオの作品が占めています。つまり、CinemaConで発表された作品群は、日本市場における洋画の中心的な供給源であり、その動向は今後の興行に直結すると言えます。

メディアで「不振」と言われている洋画市場がどうなるのか、「復興」するのか、「洋画のシェア回復」につながるのか——結局のところは、このラインナップが日本でどのような成果を上げるかにかかっています。

「問題は需要ではなく供給」

 

CinemaConで問題として共有されていたのは、観客側の需要ではなく、作品の供給が十分ではないことでした。興行サイドからは作品ラインナップ、特に大作・ワイドリリース作品の供給増とともに、コメディやロマンティックコメディ含めた多様性を求める声が上がっていました。日本においても、洋画市場の不振は、ハリウッドスタジオによる供給量の問題とされてきました。

スタジオによって発表作品の公開年は様々で、2025年の作品のみに焦点を当てたスタジオもあれば、将来の作品を中心に発表したスタジオもありました。すべてのスタジオが2026年以降のラインナップを発表したわけではありませんが、少なくとも2025年公開映画は相当数にのぼりました。

では、2025年は2024年と比べて強いラインナップとなっているのでしょうか。今回ラインナップ発表を行ったスタジオによる2024年の主な公開作品と、2025年のラインナップ(4月以降公開)を並べてみると、以下のようになります。

表全体を俯瞰して見ると、「今年は強いフランチャイズ作品が複数ある」ケースもあれば「昨年同様」「今年はオリジナル作品で勝負する」といったケースもあり、ばらついていますが、「昨年よりも見違えるレベルでラインナップが強化された」とはいえないのではないでしょうか。従来どおりのやり方で対応すれば、トータルで見ると昨年と同様の結果になる可能性も大きいでしょう。

現状ではなく未来を踏まえた投資

 

2025年のラインナップの中には、日本での公開日や公開自体が未定・不明な作品も多くあります(日本公開日が設定されている作品には★を付与)。一般論として「不振」とされる市場では、個別新商品のポテンシャルについて「難しい」と判断されやすくなり、結果としてますます縮小する傾向があります。

今後の成長を見据えるなら、供給が需要を生み出すという前提に立ち、以前であれば日本未公開となってしまったであろう作品含めてできる限り多くの作品を公開し、それらを含めて各作品が供給されていることをしっかりと浸透させるレベルのプロモーションの実施などの投資が求められているのではないでしょうか。

作品数の多いホラージャンルに開拓の余地はあるか

 

2025年作品として発表された63本の作品のうち、ホラー作品(赤字)は15本と全体の約4分の1を占めています。これらの作品は、ユニバーサルのブラムハウス、ワーナーのニュー・ライン・シネマ、ソニー、ライオンズゲートと、スタジオの枠を超えて提供されています。

ホラー作品には自宅で鑑賞する「ビデオジャンル」というイメージもありますが、北米では「映画館という視聴環境が活きるイベント映画」として多くのヒットが生まれています。2025年に続編が予定されているブラムハウスの『M3GAN ミーガン』や『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』、昨年NEONが配給した『ロングレッグス』は、日本で好成績を残していますが、それぞれアメリカでは9500万ドル、1億3700万ドル、7400万ドルの大ヒットとなりました。

ホラー作品の本数が多いのは、低予算で製作可能でありながらヒットも見込めるため、企画のアイデアが集まりやすく、好循環が生まれる素地があるからです。こうした人気ホラー作品の続編による拡大ヒット、スタジオを横断したファン層の育成、公開のイベント化に可能性があるのではないでしょうか。

Amazon MGMが映画ビジネスに本気宣言がもたらす変化

 

Amazon MGMがCinemaConのメイン会場でラインナップを発表したことは今回のCinemaConにおける大きなトピックの一つです。2026年以降の作品のキャストの訴求力やジャンル・テイストも、「ハリウッドスタジオ」の存在感を打ち出すものとなっていました。今年の作品は『ザ・コンサルタント』の続編“The Accountant 2”と、ルカ・グァダニーノ監督、ジュリア・ロバーツ主演の“After the Hunt”のみですが、今後Amazon MGMの作品が、日本でどのように展開されていくのかは洋画市場における注目点です。

洋画観客育成に向けたパートナーシップ

 

市場の成長は、観客層の育成です。久しぶりに洋画を観に来る人が増え、またすぐリピートする。そのための施策は、個別作品、個別配給会社による対応では難しい。なぜなら、多くの配給会社は、「観客コミュニティ」を直接持っているわけではなく、毎回別のターゲット層にアプローチしなければならないからです。

観客に対して、個々の作品を超えて直接働きかけることができる主体は映画作品と顧客の直接接点である「映画館」です。映画館は、作品をまたいで継続的に観客に働きかけることができます。ジャンルや、より広い意味での「洋画」といったまとまりで観客層に働きかけ、長期的に育成する施策の多くは、直接の接点を持たない配給会社よりも、興行会社の方が多くの手段を持っているといえるでしょう。

配給と興行のパートナーシップをさらに深めて、投資活動含めた思い切った施策を実行していく。その前提で配給も興行も供給を増やし、プロモーションのアクセルを踏むことに共同で投資する。ダウントレンドの中では、個別最適はますます市場の縮小を招く悪循環となる認識のもと、洋画の復興が必要だと考えるのであれば、個社を超えた投資を進める必要があると考えます。スタジオ側が供給を増やしつつある今こそ、洋画市場の成長の新たな動きが求められており、価値創造の可能性が広がってきているのではないでしょうか。

 

特集:世界映画興行ビジネスの現在地 CinemaCon2025