映画ビジネス機会創出と生き残りのために体験価値への投資が必要
公開日: 2025/05/12
CinemaCon2025では、スタジオのラインナップ発表に加えて、映画業界のキーパーソンらによる産業の概況についてのスピーチや、スタジオ・興行・関連各社幹部らが登壇するパネルディスカッションなどが開催され、映画産業の課題や発展に向けた取り組みが明らかになりました。本記事では、世界の映画興行会社が注力している「顧客体験を高める施策」についてまとめました。
※本記事で触れられている内容は2025年4月時点の情報です。
劇場体験の刷新に向けた投資
アメリカの映画興行会社の産業団体Cinema United(旧NATO:全米劇場所有者協会)トップのマイケル・オリアリー氏は、業界の状況を語るプレゼンテーション“State of the Industry”において、「清潔で快適な劇場づくりは観客のリピートを生む鍵」と位置づけ、映像・音響・照明・ロビー・飲食・駐車場まで含めた総合的な体験が必要だと訴えました。その一方で、すべてのスクリーンで“プレミアムな体験”を提供するという姿勢が大切であり、大型スクリーン(プレミアムフォーマット)も重要だが、他の劇場体験を犠牲にすべきではないと呼びかけました。

Photo by Jerod Harris/Getty Images for CinemaCon 2025
劇場運営会社リーガル・シネワールド・グループのエデュアルド・アクナCEOは、4月1日に開催されたパネルディスカッション“Industry Think Tank”において「劇場体験の刷新」、“Better Theaters”を目指すことが重要との考えを示しました。同イベントに登壇していた『トップガン:マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキー監督による「劇場設備のクオリティにばらつきあり。スピーカー不調、画質不良は多い。IMAXは常に高水準を維持しており、信頼できる」との発言に対してアクナCEOは、自社が22億ドル規模の設備投資を発表していること、そして対象は座席、空調、音響、プロジェクターなどに集中しており、「『シネマ=第3の空間(Third Place)』として再定義し、家庭とも職場とも違う癒しの場にする」ことを目指すと表明しました。

左からジョセフ・コシンスキー監督(『F1/エフワン』『トップガン:マーヴェリック』)、エドゥアルド・アクーニャ氏(CEO:Regal Cineworld Group)、
トム・クイン氏(CEO:NEON)、ピーター・レヴィンソーン氏(Vice Chairman & Chief Distribution Officer:Universal Filmed Entertainment Group)、マシュー・ベローニ氏(Founding Partner:Puck News、Host:The Town)
Photo by Alberto E. Rodriguez/Getty Images for CinemaCon 2025
「映画館以外のすべてのサービス業を競合と位置づけ、ビジネスチャンスと生き残りのために投資をせよ」
さらに劇場体験の向上に踏み込んだ議論が“International Day”内で開催された“The Cinema Experience: Shifting Generational Preferences and Opportunities to Leverage Design to Optimize The Guest Experience”において展開されました。同イベントではキャメロン・ミッチェル氏(Cinema Association Australia 代表)がモデレーターを務め、オーストラリアの劇場チェーンHOYTSやEVENT Cinemaの幹部らが同国や各国における先進的な事例を紹介しました。
ミッチェル氏は、映画館はもはや他の映画館とだけでなく、すべての体験型娯楽施設や外食産業とも競争していると語りました。そのなかで若年層は物質的所有よりも経験重視型の消費傾向が強く、映画館も体験価値を高めることが重要であると強調。さらに、「若者はガソリン代を惜しむ一方、VIPシネマ体験には1万円以上を躊躇なく支出する」など、「価格より体験」を重視しており、そこに映画館ビジネスの成長の余地があることを示唆しました。
※参考記事:「シネアジア 2024 エクゼクティブ・ラウンドテーブル」
またその対象は、座席や音響だけでなく、施設全体のデザインや飲食体験も含み、「お気に入りのレストランのように、映画館もサービス・雰囲気・デザインが重要」だと訴えました。続けて、VIPやプレミアム座席は非常に売れ行きがよく、大きな収益確保を実現していると共有。デザインについては「到着時から特別な空間であるべき」との哲学に基づき、豪華なロビーやLEDサイネージ、ラウンジを設置した事例を紹介しました。
さらに、飲食サービスについては、「品質が確保できないならやるべきではない」と言い切り、温かくおいしい料理、丁寧な調理、提供スピードが重要としました。Event Cinemasではセレブシェフとコラボしたメニューも展開しており、プレミアム席でのシートサイド注文やアプリからの事前注文により、オペレーションの効率化と客単価の向上を達成している事例を紹介しました。






映画館向け技術・体験拡張サービスが提供する劇場体験を高めるための手段
技術や設備の面では、映画鑑賞体験を特別なものにするPLF(Premium Large Format)への注目度は高く、またラインナッププレゼンテーションのスポンサーとして技術提供者から新技術や事業展開のアピールがありました。映写機メーカーのBarcoからは「HDR by Barco」の紹介が行われるなど、新たな方向性としてのHDR上映技術も注目を浴びました。
PLF以外の技術投資のテーマとしてAIについても触れられました。英劇場チェーンVueのティム・リチャーズCEOは、“International Day Programming”のセッション“Globally Speaking: Different Perspectives, One Common Goal”において、同社は8年前からAIに投資をはじめており、観客の嗜好と上映スケジュール最適化の効果が出ていると明かしました。また、「年間46%が外国語映画という多様性のあるプログラミングを実現」との事例が共有されたほか、「22%の座席稼働率の改善に挑戦。まだ78%は埋められるということ」と今後に向けた取り組み加速を表明しました。
AIに特化したパネルディカッションも開催され、先述のVueのオットー・タートン氏(Chief Commercial Officer: Vue)、興行会社向けソフトウエア提供会社Vista Groupのマシュー・リーブマン氏(Chief Product, Innovation & Marketing Officer:Vista Group)、映画業界に特化したデジタルソリューション提供会社Influxのハリシュ・アーナンド・ティラカン氏(CEO:Influx)らが登壇し、実際の活用事例を紹介しつつ、規模にかかわりなく効果があることを共有。そして、各社においてどう使うかを考えるには、まず日ごろの業務の中で個々人が使ってみること、そのなかでアイデアを出していくことから取り組むことを訴えました。
トレードショーでは「映画館での体験」として体に密接する部分である椅子に関する様々な展示も行われていました。トレードショーにおいて今年増えた印象があったのは、ポップコーンボックスなど人気IPとタイアップした劇場内のグッズです。人気IPの映画が集客力を高めるなか、ファンにとってはうれしいものであり、イベント性を喚起し(SNSでももちろん拡散される)、コレクター心をくすぐり、来場者に向けた売上施策として期待が高まっています。出展事業者の営業担当は「トランプ関税の影響が心配だが」とした上で、引き合いは強く、売上は増加傾向にあると話しました。世界中での「推し活」消費の一角になりつつあることが伺えます。
- 第1回:今年を「よい年」にするために
- 第2回:映画ビジネス機会創出と生き残りのために体験価値への投資が必要
- 第3回:映画産業発展のためにスタジオと映画興行会社が互いに求めること
- 第4回:ウィンドウ(劇場独占公開期間)の議論の行方
- 第5回:映画館AI先駆者たちが語る取り組み~AI導入で「拡張する」映画館の可能性(前編)
- 第6回:映画館ビジネスでのAIと人間の協業の在り方~AI導入で「拡張する」映画館の可能性(後編)
- 第7回:「ハリウッド」と「アメリカ映画興行界」、そして「グローバル映画業界」
- 第8回:日本「洋画市場」への意味合い
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