映画館AI先駆者たちが語る取り組み~AI導入で「拡張する」映画館の可能性(前編)
公開日: 2025/05/12
映画ビジネスだけでなく、人類の営み自体を根本から変えつつあるAI。本記事では、CinemaCon2025で注目された「興行におけるAI」がテーマのセッション “AI in Exhibition: Transforming Technology and Operations”(4月3日8時開催)の様子をレポートします。AI活用の取り組みを進める興行会社のリーダー、AIソフトウエア提供企業のトップらが登壇した本セッションの前半では、AIが映画館の運営や技術面でどのように活用されているのかが具体的な事例とともに紹介されました。
※本記事で触れられている内容は2025年4月時点の情報です。
映画館業界におけるAIの基礎的理解から最新動向

セッションの冒頭、映画館向けのITシステムを提供するJacro-Taposのアラン・ローCEOが登壇し、以前同氏が会長を務めていたICTA(International Cinema Technology Association)について紹介しました。同氏は、ICTAが50年以上にわたって映画館における技術革新を支援し、興行主・配給会社・機器メーカー間の対話を促進してきた組織であることを説明。ロサンゼルスやバルセロナで定期的にイベントを開催しており、「会員になる意義は非常に大きい」と参加を呼びかけました。
続いて、ロー氏はAIに関する基礎的な解説を行いました。「AIは最近の技術ではなく、実は75年以上前から存在している技術です」と説明。なかでも現在注目を浴びているのは、過去のデータをもとに未来を予測する「機械学習」と、人間のように自然な文章や会話を出力する「生成AI」の進化としました。また、同氏は「以前は“すごい技術”と驚かれていたAIが、今では“使える道具”として認識されるようになりました。現在私たちが使っているAIも、将来振り返ったとき“最も未熟なAI”であると言われるでしょう」とし、今後段階的に業界へ浸透していくとの見通しを述べました。
さらに、ロー氏はAIがもたらすビジネスでの価値として、「時間の節約」「生産性の向上」「創造性の拡張」を挙げました。そして、実際の活用例として、ChatGPTを「検索エンジン」ではなく「社員」として扱う手法を紹介。「ChatGPTに企業理念や目的をインプットしたうえで、仮想のボードメンバーとして設定し、複数の意見を出してもらうというものです。小規模な企業にとっては、実際の会議の代替にもなり得るでしょう」と述べました。さらに、地熱エネルギー導入後のデータをAIに渡したところ、グラフ付きのプレゼン資料をわずか数十秒で自動生成した事例も紹介。グラフや要点を含めて即時に作成されることで、作業が大幅に効率化されたと語りました。
「AIは話題ばかりが先行しており、実際に活用できている企業はまだごく一部です」と現状を冷静に分析するロー氏。一方で、2025年にはAIの本格導入の段階に入るとし、今のうちに自社においてAIをどう活かすかを考えることこそが重要であると会場に呼びかけました。
映画館の編成作業におけるAI導入事例:自動化と人的判断のバランスで効果を最大化
ロー氏のAIに関する概要説明が終了した後、Malco Theatres、Vue、Cinemarkなど欧米の映画興行会社や、映画館向けのデジタルサービスを提供する企業の代表が登壇し、パネルディスカッションを行いました。映画館におけるAI活用の最新トレンドが紹介されるとともに、業界におけるAIの現在地と未来が語られました。
はじめに、映画館業務におけるAI活用例が各社から紹介されました。オットー・タートン氏(Chief Commercial Officer:Vue)は、Vueにおいて、2015年から独自開発のAIを用いてスケジューリングの自動化を進めており、イギリスでの導入を皮切りに、現在は全マーケットに展開していると共有。同氏は「上映回数が10%増え、コンテンツの多様性も向上しました」と成果を語りました。一方で「導入当初は即効性がなく、時間をかけて最適化していきました」と継続的な調整の重要性も強調しました。
映画産業向けテックソリューションを提供するVista Groupのマシュー・リーブマン氏(Chief Product、Innovation & Marketing Officer:Vista Group)は、同社の上映スケジュール作成サービス「Assisted scheduling」によって、若手プログラマーの作業時間を最大50%削減することに成功したと明かしました。また、同氏は「システムは段階的に精度が高まるため、初日から完璧を求めるべきではありません」と付け加え、漸進的な導入の重要性を指摘しました。
映画の編成や上映スケジュールの決定において、AIと人間の役割をどう分担するかという議論では、「AIはあくまでツールであり、最終判断には人間の直感が不可欠」との意見が多数を占めました。Vueのタートン氏は「AIの判断を人間が覆すことはよくあります。人間でないと分からないローカルな事情や、スタジオとの関係性もあります」と述べました。Cinemarkのジェフ・ローゼンフェルド氏(SVP of Digital and Customer Experience:Cinemark)も、「AIは大量のデータからパターンを見つけるのは得意ですが、文化的・地域的な感性の読み取りは人間にしかできません」と賛同。また、Vista Groupのリーブマン氏も「ルールベースでの自動化も効果的で、AIはあくまで“助っ人”として活用すべきです」と述べ、人間が設定したルールを基盤とした運用が現実的であるとしました。
マーケテイング活動でのAI活用時の課題と今後の可能性
AIを用いたパーソナライズの実践については、登壇者が成功と課題の両面を共有しました。Cinemarkのローゼンフェルド氏は、顧客の興味や閲覧履歴に基づいたおすすめ映画の提案に利用していると説明。さらにそこから1歩進み、「なぜその映画がおすすめなのか」を生成AIで説明させようと試みて、同氏が「スイミングが趣味」と入力したところ、ホラー映画の『ナイトスイム』をすすめられたとし、精度に課題が残る例を挙げました。一方で、広告出稿のターゲティングや予算配分においては、AIの効果が明確に出ており、映画館のチケット販売を促進する強力な手段となっていると評価しました。
NRJ Media Groupのノーマ・ガルシア氏(CEO:NRJ Media Group)は「AIはマーケッターにとって“時間の贈りもの”」と表現。感情訴求やストーリーテリングに集中する余裕が生まれるとAIの利点を語りました。Vista Groupのリーブマン氏も、自社でのAI活用事例を紹介。メールの文面・画像・順序を「カジュアル層」「映画通」など顧客ペルソナごとに自動調整することで、最適な訴求を実現しており、AIがコスト効率の最大化に寄与しているとしました。
映画館向けのデジタルソリューションを提供するInfluxのハリシュ・アーナンド・ティラカン氏(CEO:Influx)は、過去のキャンペーン結果をAIに読み込ませてROIを可視化する手法を紹介。「ロイヤルカスタマーにプロモーションは不要、価格重視の層に絞る、というセグメント施策を精緻に設定できます」と述べました。さらに、AIを利用した改善サイクルを定期的に回すことが効果的であると助言。「どんなキャンペーンでも、結果をClaudeといった生成AIに投入し評価させれば、自分では気づけなかった観点を提示してくれるでしょう」と語りました。
- 第1回:今年を「よい年」にするために
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