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ハリウッドスタジオが興行に求める、劇場体験の価値向上 <CinemaCon 2026>
公開日: 2026/05/20

特集:CinemaCon 2026から見る業界トレンド_第2回

Cinema United(旧NATO:全米劇場所有者協会)は映画スタジオに対して、ウィンドウ(劇場独占公開期間)と作品供給数の改善を要請しましたが、この対話は一方通行ではありません。スタジオ側もまた、ラインナッププレゼンテーションの場で劇場側に具体的な注文をつけています。本記事では、各スタジオ幹部が劇場に求めた価値実現のあり方と、それに呼応する形で進められている興行各社の劇場体験への注力施策をまとめます。
※ 本記事で触れられている内容は2026年4月時点の情報です。

《目次》

 

スタジオ側がウィンドウや作品本数でその責任を果たすならば、劇場側は作品を観客にとって価値ある体験として完結させる責任があります。各スタジオ幹部はラインナッププレゼンテーションの場で、劇場への要望をそれぞれの言葉で語りました。

 

ロスマン氏の3提言とラングレー氏の「持続可能なエコシステム」

最も具体的な注文を投げかけたのが、ソニー・ピクチャーズのトム・ロスマン氏(Chairman & CEO:Sony Pictures Entertainment Motion Picture Group)でした。「Faster, Higher, Stronger」というオリンピックのモットーを引用したうえで、劇場側へ3つの提言を行いました。

  1. 1.  Longer(より長く):上映ウィンドウの厳格化
  2. 2.  Shorter(より短く):本編上映前の広告・CM時間の大幅短縮
  3. 3.  Cheaper(より安く):映画館料金をより手頃にすること

特に「Shorter(より短く)」について、ロスマン氏は「映画館の常連客は30分遅れで来場し予告編すら観ず、普段映画館に足を運ばない層は延々と広告を見せられることを嫌う」と指摘しました。「Cheaper(より安く)」については「アメリカ国民にとって最大の経済的関心事は手頃さである」と述べています。

トム・ロスマン氏(Chairman & CEO:Sony Pictures Entertainment Motion Picture Group)トム・ロスマン氏(Chairman & CEO:Sony Pictures Entertainment Motion Picture Group)
Photo by David Becker / Getty Images for CinemaCon

 

この提言を受けて、ユニバーサルのドナ・ラングレー氏(Chairman:NBCUniversal Studio Group)は登壇冒頭、「ソニー・ピクチャーズのロスマン氏がスピーチでオリンピック精神を引用したと聞いているが、オリンピックを放送する立場としてはクレームを言いたい」とジョークを交じえて切り出しました。

ラングレー氏は、業界の発展のためには料金引き下げや広告短縮といった個別施策ではなく、エコシステムの構築という全体的な枠組みから連携すべきと呼びかけます。「経済的不確実性のなか、観客が映画チケットに支払う価値があると思ってもらい続けるためには、興行会社との連携が不可欠だ」とし、「劇場体験の持続可能なエコシステムを構築していくことで、初めて次世代にこの文化を継承できる」と表明しました。

ドナ・ラングレー氏(Chairman:NBCUniversal Studio Group)ドナ・ラングレー氏(Chairman:NBCUniversal Studio Group)
Photo by David Becker / Getty Images for CinemaCon

 

パラマウントのショーン・バーバー氏(President of Domestic Theatrical Distribution)は、より実務的な要請を列挙しました。興行会社との連携強化のため「データ共有、戦略連携、マーケティング能力の融合」を挙げ、観客体験の向上として「快適性、清潔感、上映品質、本編上映前の質的維持」を呼びかけています。本編前の予告編やプレゼンテーション空間を雑に扱わず、本編と同じ品質で運営してほしいという要請です。

スタジオと劇場の役割分担を最も端的に表現したのが、Amazon MGMのケヴィン・ウィルソン氏(Head of Domestic Theatrical Distribution)でした。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を「映画産業が必要としていたビッグスイング」と位置づけたうえで、スタジオはこのような作品の力で来場する動機を作り、劇場は体験で価値を完結させるのだと両者の役割を語りました。

 

劇場側からの応答 ―PLFへ積極的に投資

スタジオ側のこうした要請に対し、興行各社はすでに投資という形で応えています。会期中のセッション"Optimizing the Cinema Experience"では、HOYTS(オーストラリア)・Galaxy Cinemas(ベトナム)・Omniplex(アイルランド/イギリス)の3社CEOが事例を共有しました。

セッション内において、HOYTSのデミアン・キーオ氏(CEO & President:HOYTS)は、PLF(プレミアム・ラージ・フォーマット)への投資が実際に数字として表れていることを、メルボルンとシドニーの2劇場の事例で示しました。具体的には、メルボルンの劇場でIMAXとScreenXの導入後、同劇場の興行収入は50%増を達成し、興収ランキングでは18位から10位に上昇。西シドニーでもIMAXとScreenXの導入後、ランキング順位を24位から14位へ上げたと伝えました。同社はオーストラリアとニュージーランドで新ブランド「APEX」(透明LEDスクリーン技術)を5月初旬にローンチする計画も発表しました。

スポンサープレゼンテーションを行ったDolbyのジェド・ハームセン氏(Head of Cinema and Group Entertainment:Dolby)も、2025年のDolby Cinemaの国内興収が過去最高の2億ドル超を記録し、スクリーン平均で他のPLFを38%以上も上回ったと報告しました。AMCシアターズとの連携で200以上のDolby Cinema完成を予定しています。

ジェド・ハームセン氏(Head of Cinema and Group Entertainment:Dolby)ジェド・ハームセン氏(Head of Cinema and Group Entertainment:Dolby)
Photo by David Becker / Getty Images for CinemaCon

 

このほか、劇場システムを提供する各社もPLFの実績を報告しました。CJ 4DPLEXは、パラマウントと4DXとScreenX分野での協業をアピールし、RealDは3Dフォーマットが2025年に世界で25億ドルの興行収入を生み出したと伝えました。先述のラングレー氏は「観客が映画チケットに支払う価値がある」と実感してもらう必要性について訴えましたが、PLFへの投資は、その直接的な手段の一つとして機能しています。

 

ロビー演出と物販 ―「文化的ステージ」としての劇場

ロスマン氏が提言した「Shorter」のように、ハイエンドの設備投資だけでなく、来場体験そのものの設計も論点となりました。セッション“Reclaiming Cultural Moments, Locally and Globally”では、Cinemarkのローラ・ナジリス氏(VP, International Marketing & Revenue Growth:Cinemark)が「映画館スクリーンは世界で唯一ポジティブに認知されているスクリーンであり、これこそが業界が持つスーパーパワーだ」と位置づけました。

Cineplexxはロビーに9メートルのLEDリボンを導入し、バレンタインには花びら、クリスマスには雪などの季節演出で、観客がセルフィーを撮りSNSで拡散する体験を設計しています。ディズニーのデイビッド・シーデン氏(VP, Cinema Partnerships:The Walt Disney Studios)は、バービーの特注スタンディや、『プラダを着た悪魔2』のハンドバッグ型のポップコーンバケットを紹介しました。デジタルネイティブの世代にとって、こうしたロビーの展示やグッズは「映画の思い出を手元に残せる物理的なアイテム」の役割を果たしていると語りました。

ハンドバッグ型の『プラダを着た悪魔 2』ポップコーンバケット。
日本国内の劇場でも販売が予定されている。
 

日本市場への含意 ―GKIDSが紹介した「きめ細やかな日本の映画館」

Z世代について扱ったセッション“Understanding 2026 Audiences”では、日本の映画館における体験設計が紹介されました。

GKIDSのチャンス・ハスキー氏(VP, Distribution:GKIDS)は、親会社である東宝の映画チェーンでの体験を事例として紹介。「日本では、あらゆるところが清潔で、誰もが規律正しく、親切です。売店ではチュロス味のような限定フレーバーのポップコーンが売られ、朝の8時からコーヒーを片手に映画を観ることもできる。グッズ売り場には、アクリルスタンドのような定番商品だけでなく、クリアファイルやノートなどの文房具まで揃っている」と述べ、こうしたきめ細かい設計の積み重ねが鑑賞体験の質を底上げしていると評価しました。

スタジオ幹部からの要請は様々であり、日本とアメリカの市場環境は異なるため、すべての施策が日本市場でそのまま生かせるわけではありません。しかし、映画館内の設備や環境など、興行側が直接コントロールできる領域において日本は高い水準にあると評価されています。その強みを維持・強化しながら、今回紹介された新たなアイデアや取り組みを参考にしていくことは、国内産業の発展に向けたヒントになりそうです。

特集:CinemaCon 2026から見る業界トレンド