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クランチロール幹部が見据える10億人のアニメファンを「配信から劇場」へ導く戦略~カンヌ国際映画祭2025
公開日: 2025/05/30

仏・カンヌにて「第78回カンヌ国際映画祭」が2025年5月13日から24日にかけて開催されました。本特集では、映画祭の全体の様子と併設マーケット「マルシェ・ドゥ・フィルム」(開催期間:5月13日~21日)で行われたセミナーをレポート。第1回は、マルシェで行われたCrunchyroll(クランチロール)主催のセッション「From Streaming to the Big Screen - How Anime Is Driving Cinema(配信から映画館へ─アニメが映画業界を牽引する方法)」及び、GEM Standardの個別インタビューで語られたアニメの現在地、今後のグローバル戦略について紹介します。
※本記事で触れられている内容は2025年5月時点の情報です。

《目次》

 

 

すでに「メインストリーム」化したアニメを支えるのは「コミュニティと帰属意識」

左から、ミッチェル・バーガー氏、ナンシー・タータグリオーネ氏

「From Streaming to the Big Screen - How Anime Is Driving Cinema(配信から映画館へ─アニメが映画業界を牽引する方法)」に登壇したのは、クランチロールのミッチェル・バーガー氏(グローバル・コマース シニアバイス・プレジデント)。モデレータは、米デッドライン紙のナンシー・タータグリオーネ氏が務めました。

冒頭、タータグリオーネ氏が、「アニメ市場はどのように進化し、成長してきたのでしょうか」と問いかけました。バーガー氏は、アニメ市場の拡大について「日本発祥のアニメは、直近20~30年で徐々に広がっていきました。『ポケットモンスター』『美少女戦士セーラームーン』を観て育った方も多いでしょう。特に10〜15年で、アニメは大きく飛躍しました。配信や家庭向けエンタテイメントの浸透がその後押しとなり、ファンとの共鳴を生み出しています」と回答。さらに、アニメを単なる「ジャンル」ではなく「媒体」かつ、「ストーリーを語るうえでの映像表現のスタイルの一つ」と定義し、そのうえで、アニメのファンダムが特定のIPではなく「帰属意識」に根ざしているのが特徴であると強調しました。

続けて同氏は、グローバルにおけるアニメ認知度の高まりのきっかけとして、コロナ禍を挙げました。「コロナ禍中、多くの人々がアニメに浸る時間を持てたことが大きな転機でした。例えば『ONE PIECE』のような1000話以上ある作品を観るのは、長い時間を要しますが、コロナ禍が人々に集中するきっかけを与えたのです」と語りました。そして、拡大した市場に向けて『鬼滅の刃』『俺だけレベルアップな件』といった高品質かつファンに響く作品が届けられたことで、「コンテンツがファンを生み、ファンがまた新たなファンを生み、ファンダムが新たなコンテンツを生む」という好循環が作られたと説明しました。

また、バーガー氏はアニメファンの熱量が世代を超えて広がっていることにも言及。全世界でZ世代の42%が週に1回以上アニメを視聴しているとし、「これはNFLを観る割合よりも高く、アニメは若い世代の心に響いているのです」と語りました。また、自身の家庭の例として「わたしがアニメ業界に入った途端、子どもたちが 『パパの会社に行きたい』と言ってくれました。子どもたちの友人は皆、アニメの話をしているそうです」と、アニメが若年層に与える影響の大きさを語り、そして「日本アニメ作品はすでに“メインストリーム“であり、例えば『スポンジ・ボブ』や『スヌーピー』のようなレベルに達している」との考えを明かしました。

 

配信、劇場、イベント、グッズなど「360度アプローチ」でファンに寄り添う

次に、タータグリオーネ氏は、クランチロールが配信を主軸にしつつ、劇場公開、イベント、グッズ販売、ゲームを含む多面的な事業展開「360°アプローチ」を展開していることを紹介。バーガー氏は「一度アニメのファンになり、好きな作品、キャラクターに出会えば、それを通じて自分自身を表現したり、コミュニティとつながったりするようになります」と述べ、同社が単なる視聴の場だけではなく、ファンダムを生み出す「体験の場」を提供しているとアピールしました。

バーガー氏は、クランチロールが関わる劇場映画事業の例として、「『鬼滅の刃』無限城編」について言及。今年8月に日本公開後、9月には世界中で順次公開予定と明かしました。さらに、同作品の配給パートナーであるソニー・ピクチャーズ エンタテインメントとの関係については、「ソニーはアニメの持つ力を理解しており、アニメを世界中に広めたいという明確な意志を持っています。また、ソニーグループの一員であることにより、より多くのファンにリーチできるようになっています」とし、アニプレックスなどグループ企業との連携により、配給や制作がスムーズに行われていると述べました。

さらに、同氏は世界中で行われているアニメイベントへの取り組みも紹介。サンディエゴ・コミコン、Anime Expoといったコンベンションに積極的に参加し、タレント登壇や特別上映を行っていることを共有しました。また、ソニーミュージックと連携し、コンサート、PRイベントの開催や、ポップアップストアを展開し、ファンと直接つながれる機会を創出していることを強調しました。さらには、現在ヨーロッパや米国の一部で行われている”give away(来場者プレゼント)”をより広く、より多く実施していくことを明かしました。

 

“すべての人のための何か”ではなく、“誰かにとってのすべて”のアニメを届け続ける

バーガー氏は、「アニメに関心を持つ層は世界で10億人にのぼる」との試算を紹介。そのうえで、これから成長するアニメ市場について、「インドや東南アジア、中東、ラテンアメリカが有望です」とし、今後これらの地域のニーズに応え、特に注力して作品を届けていくと表明しました。また、市場を広げていくうえで、従来の「買付モデル」だけではなく、「共同製作」にも乗り出しているとし、「日本の製作委員会に参加することで、企画段階での提案や配信タイミングの調整などに一定の影響力を持つようになります」と、今後の戦略を明らかにしました。

同氏はアニメ製作の方針において、「日本発」であることを重視する一方で、物語の着想源は世界中にあると強調。韓国発のウェブトゥーン『俺だけレベルアップな件』をはじめ、原作が他国のものであっても、グローバルヒットにつながるとし、今後もその可能性に目を向けていくと語りました。

対談の終盤にバーガー氏は、今後も配信を軸に事業を拡大し、劇場公開作品の展開も増やしていくと改めて表明するとともに、ゲームについても言及。クランチロールは現在、有料会員であればだれでも無料に楽しめるモバイルゲームライブラリ「Crunchyroll Game Vault(クランチロール・ゲームボールト)」を提供しており、これからにも注力していくと述べました。そして、同社の姿勢として「優れたコンテンツをできるだけ多くの人に届けること」を今後も貫くとともに、アニメが「 “すべての人のための何か”ではなく、“誰かにとってのすべて”」になることの重要さと語り、コアファンとの深い関係性を今後も重視していく姿勢を明示しました。

 

日本のアニメ事業者に向けた感謝のメッセージ

対談終了後、バーガー氏はGEM Standardの個別インタビューに応じ、日本でのサービス展開の可能性について回答。「私たちの強みは海外市場にあります。日本国内には進出しておらず、今後も海外市場での専門性とスケールを活かす方向に注力していきます」と明らかにしました。最後に、日本のアニメ製作・配給関係者に向けて「毎年素晴らしいストーリーとビジュアルの作品を生み出す皆さまには、感謝しかありません。今後もアニメファンは確実に増えていくでしょう。クランチロールでは1シーズンに40〜50作品を配信しており、需要は明らかです。ソニーの予測でも今後数年は1桁台の年平均成長率が見込まれています。これからも素晴らしい作品を世界中に届けることに尽力していきます」とメッセージを送りました。

2025年5月25日には、東京にて「クランチロール・アニメアワード 2025」が開催されました。オレンジカーペットでは、世界で活躍するセレブリティとともに、ソニーグループやクランチロールの幹部らも登場。授賞式の模様はYouTubeなどを通じてライブ配信され、100を超える国と地域で観られており、クランチロールを媒体とするグローバルなアニメファンの盛り上がりが感じられました。

クランチロール幹部。右から、ミッチェル・バーガー氏、ジェニファー・ペティット氏、ギータ・レバプラガダ氏、
末平アサ氏、ラウール・プリニ氏、トラビス・ペイジ氏。