映画浸透度トラッキングの進化(2/2) 映画業界標準指標の設定と興収シミュレーションモデル精度の向上
公開日: 2016/08/05
昨年ロサンゼルスで開催された米Variety誌主催の映像業界関係者向けのカンファレンス"Variety's Big Data Summit"において"Fine-Tuning Film Tracking"というテーマのもと、ハリウッドドメジャースタジオ、ニールセン社、Google社の映画データ分析担当者が映画宣伝の浸透度トラッキングの現状、課題と今後のあるべき姿について語ったセッションのレポート。
前回は、「マーケティング戦略最適化のためのトラッキングサービス」としてニールセン、UTA、Googleの取り組みを紹介した。今回は、業界標準指標設定の難しさと、精度向上に向けた取り組みについてレポートする。
モデレーター:
ゴードン・パディンソン(Stradella Road CEO)
スピーカー:
アンジー・バリック(Google/産業・メディア・エンタテインメント部門代表)
キャシー・ベンジャミン(ニールセンNRG/商品管轄部門SVP)
ジョージ・デューイ(20世紀フォックス/デジタル・マーケティング部門代表)
デイヴ・へリン(UTA/リサーチ部門代表)
エリアス・プリシュナー(ソニー・ピクチャーズ/海外デジタル・マーケティング部門EVP
業界標準指標設定の難しさ
変化し続ける世界への見極め
様々なトラッキング方法や指標が存在するなかで、業界標準指標の必要性も説かれている。
ソニーのプリシュナー氏は、各スタジオがそれぞれのKPI(Key Performance Indicator/主要業界評価指標)を設定しているため、映画業界全体として、データへのアプローチ方法を標準化する必要があると指摘する。
「例えば、私は管理部門やフィルムメイカー、タレントなどと話をするわけですが、今後は彼らが、他のプロジェクトで他のスタジオに行き、そこでの方法論を説かれることになるのです。トラッキングは今、皆が活用している共通の話題であり、標準化することが重要だと考えます」。
最適なトラッキングモデルは、作品のジャンル、公開時期、内容ごとに変わってくるため、それを標準化するのは容易ではない。UTAのへリン氏は、「2年前、Facebookは映像プラットフォームではなかったが、今や重要な存在となっている」と例を挙げ、たとえ、時間をかけて完璧なモデルを標準化できたとしても、常に新たな変化に揉まれることを指摘する。
変わらないのは“常に変化がある”ということだけ
Googleのバリック氏も、「以前、ボックスオフィスの予測ツールを作ったものの、消費者のふるまい方や、映画の探し方、リサーチ方法に大きな変化があったため(レーティングやレビューの検索が100%以上増えるなど!)、2カ月しか使えなかった」と説明。そのため、業界指標の標準化や、社内における大掛かりなモデル設定には、葛藤がつきものであるという。
「エンタテインメント業界だけでなく、今の世界において、変わらないことはただ一つ。“常に変化がある”ということだけです。そうした変化と共存していかなければならないのです」。
消費者側の変化だけでなく、各社のトラッキング手法のズレや変化も、標準指標設定化の壁となっている。
UTAのへリン氏は、各社ともに、「どのデータをトラッキング対象に含めるのか?」「果たして、そこで得られたデータは正しいものなのか?」という点を重要視しているものの、トラッキングに使うサービスやシステムによって、違う数字が出てしまう実態を指摘。
デンゼル・ワシントン主演の映画『フライト』の例を挙げる。「同映画のタイトルを検索すると、“映画の『フライト』を見るのが待ちきれない”というコメントと、“あの機内(インフライト)映画はつまらなかった”というようなコメントが同時に引っかかってくるのですが、後者は映画とは関係のないコメントです。
こうした場合、自分の映画に関する情報だけを見極めるには、とてもきめ細かい手法が必要となります。使うサービスによって違う結果が出てしまうことがあるわけです」。すべてはビジネスであり、それぞれの会社は業界内の競合であるという状況ながら、「標準指標設定に向けては、各社が活用しているそれぞれの手法やサービスについて、互いの意見や成果を交換し合うコミュニケーションが重要なのだと思います」。
精度向上に向けた取り組み
トラッキングサービス「モデル2.0」
ニールセン傘下の映画リサーチ会社NRG(National Research Group)のキャシー・ベンジャミン氏は、ニールセンの長い歴史のなかで蓄積された膨大なデータや、ソーシャル・メディアから得られる現在進行形の連続的なデータを分析しながら、映画にまつわる象徴的な出来事やイベントのインパクトも分析要素に加えた「モデル2.0」なるトラッキングサービスに触れた。
さらに、「モデル2.0」の結果をもとに、ソーシャル・メディアや映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」などのあらゆる情報を合わせ、ベイズ統計学を取り入れた「モデル3.0」の存在もアピールした。同モデルでは、1万シミュレーションによる統計に基づき、12種類の結果を出し、その中間値や平均値を、戦略最適化のために活用する。
重要なのは、速い&多くの情報を活かし柔軟に戦略を展開すること
では、どのタイミングでどのようなインサイトが得られるのか。
UTAのへリン氏が、「多くの作品において、“変曲点”とされる75日前の立ち位置は、公開日の立ち位置に近いといえる。75日前に期待通りのパフォーマンスがあげられない場合、弱点を探して強化することが必要だが、その時点で救えない映画もある」のだという。
NRGは、8週間前からトラッキングを開始する試みも行っている。「8週間のウィンドウ内で、迅速に状況や問題点をつかみ、スタジオの戦略を助け、メッセージや仕掛けを行います」。変曲点をいつと予測し、設定するかについては今後も様々な例が出てきそうだが、「重要なのは、できるだけ速くに、できるだけ多くの情報をつかみ、柔軟な戦略作りに役立てること。キャンペーンのなかで、盛り上がっている部分、反応が薄い部分などをいち早く把握できれば、軌道修正をすることもできるのです」(UTAのへリン氏)。
NRGのベンジャミン氏はさらに、トラッキング・データ以外の情報の有効性も説く。
「例えば、映画祭で上映された映画であれば、活用できる情報がたくさんあるはず。批評家の評価と、公開時の興行成績の相関性はあまり高くないものですが、批評家の評価と観客の評価の相関性は高いことが多いです。さらに、「Rotten Tomatoes」のレビューや続編への期待値、MPAAのレーティングなどの情報の間には複雑な相互関係があり、そこから見えてくる情報は、トラッキングサービスを強化する要素となり得ます」。
また、劇場公開映画と競合するような、話題性の高いイベントについても個別に考慮が必要だろう。セッション中、たとえば米国においては一大現象となっているオンライン配信大手Netflixの人気シリーズ「ハウス・オブ・カード」が放送が開始されるとき映画興行には影響がありうることが指摘された。こういった事象に対してNRGでは、定型フォーマットのアンケートにこうした特定の話題やイベントに特化したアンケートを実施したり、ソーシャルメディア分析ツールを使って対応しているという。
Variety's Big Data Summit: Fine-Tuning Film Tracking レポート
- (1/2) マーケティング戦略最適化のためのトラッキングサービス
- (2/2) 映画業界標準指標の設定と興収シミュレーションモデル精度の向上
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