映画浸透度トラッキングの進化(1/2)マーケティング戦略最適化のためのトラッキングサービス
公開日: 2016/07/22
昨年ロサンゼルスで開催された米Variety誌主催の映像業界関係者向けのカンファレンス"Variety's Big Data Summit"において"Fine-Tuning Film Tracking"というテーマのもと、ハリウッドドメジャースタジオ、ニールセン社、Google社の映画データ分析担当者が映画宣伝の浸透度トラッキングの現状、課題と今後のあるべき姿について語ったセッションのレポートです。
モデレーター:
ゴードン・パディンソン(Stradella Road CEO)
スピーカー:
アンジー・バリック(Google/産業・メディア・エンタテインメント部門代表)
キャシー・ベンジャミン(ニールセンNRG/商品管轄部門SVP)
ジョージ・デューイ(20世紀フォックス/デジタル・マーケティング部門代表)
デイヴ・へリン(UTA/リサーチ部門代表)
エリアス・プリシュナー(ソニー・ピクチャーズ/海外デジタル・マーケティング部門EVP
かつては映画のマーケティング戦略は公開前に確定しそのまま実行するだけだったが、いまは実行中に見直し・変更・調整がリアルタイムに可能となってきた。利用できるデータの量と種類が増える中、映画の浸透度トラッキングアプローチも洗練され、また、デジタル広告へのシフトが進んだからである。
ますますたくさんのトラッキングデータ・ツールが市場に導入されるなか、ハリウッドではどのような取り組みがなされているのか。「マーケティング戦略最適化のためのトラッキングサービス」「業界標準指標の設定とモデル精度向上」の二つのテーマのもと、ハリウッドメジャー、リサーチ事業者、デジタルメディア企業の関係者が現状の課題と展望について語った。
本記事では、(1/2)「マーケティング戦略最適化のためのトラッキングサービス」としてニールセン、UTA、Googleの取り組みについてレポートする。
マーケティング戦略最適化の手段としてのトラッキング・データの広がり
米スタジオ各社は現在、自社作品を最高の形でプロモーションするために、アンケートに基づく伝統的なトラッキング調査結果に加えて、ビッグデータやソーシャル・メディア・データから得られるデータを有効活用している。
ソニーのエリアス・プリシュナー氏は、「多くのマーケティングデータをビジネス予測に生かすとともに、戦略最適化の手段として使う。そもそも、トラッキングの第一の目的はマーケティング戦略の最適化である」と話し、UTAのデイヴ・へリン氏は、「トラッキングを公開日の興行成績予測ツールとして使うだけでなく、数週間、数カ月の期間を通じて、次にどんな手を打つべきかを決めるためのツールとして見るべきだ」と語る。
20世紀フォックスのデジタル・マーケティング部門代表のジョージ・デューイ氏は、伝統的なトラッキング方法の重要性と不可欠性を認めたうえで、「自分が医者になった気分で、ひとつのデータだけではなく、様々なデータを分析する」必要性を説いた。
さらにデューイ氏は、同社が公開したマット・デイモン主演作『オデッセイ』の例、トラッキングデータをもとに宣伝展開を見直した事例として紹介。「トレーラーが公開されると、爆発的な再生を記録し、2015年に最もシェアされたトレーラーのひとつとなった。その反応やそれについて会話される量、原作を読んだという人々の数、既に作家のファンである人々まで、映画の観客となりうる層の厚みを知り、自分たちの予想よりもはるかにいい成績を上げるのではないかと思い始めた」と明かした。
ニールセンの取り組みと劇場公開映画のトラッキング・サービスの改良
ハリウッドメジャーにとって映画の浸透度調査・トラッキングといえば古くから、そして今も「ニールセン・レポート」である。ニールセン傘下の映画リサーチ会社NRG(National Research Group)のキャシー・ベンジャミン氏は、最近のニールセンによる取り組みについて語った。
ニールセンでは、スタジオの戦略最適化をサポートするため、3種類のトラッキング指標の提供を開始した。
1つ目は、ユーザーの作品に対する興味のレベルを図る「Unaided Intent」。最初にユーザーへ、「次に劇場で見ようと思っている映画は?」という質問を投げかけた後、10問ほどの詳しい質問を行っていくもの。
2つ目は、「絶対にこの作品を見る」という映画への「忠誠度」を計る「The Unstoppable」。多くの質問を投げかけるなかで、外部からの影響に関わらず、特定の作品を見ようとする強い意志を精査するものだという。
3つ目は、ソーシャルメディア上のビッグデータを分析する「Social Index」。FacebookやYouTube、Instagram、Twitterなどのソーシャル・メディア、映画ファンが訪れるウェブサイトの情報量や動きから、作品が持つインパクトを分析するものだ。
トラッキングは戦略最適化の手段として役に立たねばらならないという議論の中、ベンジャミン氏は、ニールセンのサービスにおいては、こうした指標の追加により、意思決定に向けてよりきめ細かく宣伝状況を把握できるように取り組んでいるとした。
UTAの「PreAct」によるソーシャルメディア・トラッキング
UTAは2014年、映画興行トラッキングで知られるレントラック社と提携し、ソーシャル・メディアに基づいたトラッキング・ツール「PreAct」のサービスを開始。同サービスでは、主に三つの要素をトラッキングする。
1つ目の要素は、該当作品について話題にしている人の数。より多くの人が話題にしていれば、ボックスオフィスの数字も上がることが見込める。
2つ目の要素は、その人たちの感情。たとえ、多く話題にされていたとしても、それが否定的な感情やコメントなのか、肯定的なものなのかによって、インパクトが大きく変わる。
3つ目の要素は、消費者主導の自然発生的な会話であるかどうかということ。
UTAのへリン氏は、「ソーシャル・メディア上の会話は、“消費者サイド”と“発信者(事業者)サイド”という2つのパートに分けられる」という。前者は「この映画は面白そう」「見るのが待ちきれない」というような会話、後者はスタジオによる「映画のトレーラーをチェックして」という呼びかけや、劇場による「映画観賞券2枚が当たる」などというプロモーションである。
「どの作品においても、消費者、発信者、両サイドの会話が必要ですが、会話全体の90%が発信者サイドからのものであれば、スタジオ側はプッシュしているけれど映画ファンには浸透しておらず、自然発生的な反応がないということになります」。
自然発生的な会話という点においては、UTAのへリン氏が、データには表れないレビューの重要性を指摘する。「レビューは基本的に、消費者以外から発信されるメッセージだが、消費者の会話を誘うリードでもある。すべての映画にあてはまるわけではないが、ソーシャル・メディア上の会話の方向性を変え、映画の運命を決めることにもなります」。
「話題量の多さ」、「肯定的な感情」、「自然発生的な会話」の3つの要素がそろえば、映画は好成績を上げると予測できる。「逆にそれらが欠けていると失敗に終わるケースが多い」とへリン氏。PreActのサービスでは、これらの要素のなかで強い部分と弱い部分を知ることができるため、映画のマーケティング中に、弱点を強化することができるとアピールした。
グーグルの取り組み:広告営業が一番の目的、所持するデータでトラッキングを補完する
Google社の産業・メディア・エンタテインメント部門代表であるアンジー・バリック氏は、一番の目的が広告営業であることに変わりはないとしたうえで、「作品や商品を求める人々のことを理解しているため、所持する膨大なデータで、各スタジオやクライアントのトラッキングを補完していく」と自社のスタンスを説明した。
特にトラッキングの対象において、ニールセンNRGを補完する要素は強い。「NRGはオープニング週末のボックスオフィス予測に焦点を当てていますが、『オデッセイ』のようにその後に二次的な伸びを見せる例もあります。NRG のトラッキングは、全体よりもコアな映画ファンを対象にしていますが、私たちはもう少し幅広な映画ファンに裾野を広げます。いつもならトラッキングの対象とならない人々が大きな変化をもたらす時期があります。過去4カ月、映画館に足を運んでいなかった人々が映画を体験し、Likeを押し始めるのです。私たちは、より多くの人々を映画館に動員するために、作品に関するあらゆる肯定的な要素を集め、人々に呼びかけます」。
( 2/2 「映画業界標準指標の設定と興収シミュレーションモデル精度の向上」に続く)
Variety's Big Data Summit: Fine-Tuning Film Tracking レポート
- (1/2) マーケティング戦略最適化のためのトラッキングサービス
- (2/2) 映画業界標準指標の設定と興収シミュレーションモデル精度の向上
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