記事

新しいメディア施策の終わりなき追求と映画宣伝成功例~データを活かし若者を惹きつけるために~
公開日: 2019/05/24

ハリウッドのトップマーケッターが語る映画マーケティング最前線2019(8)

 

若者を惹きつけるための施策として、再び注目が高まる屋外広告。ネットフリックスは、「Netflix Is A Joke」と記された屋外広告を打ち、話題を集めました。急激な時代の変化を前に、常に新たなメディア施策を追求するハリウッドのトップマーケッター。最終回をむかえた第8回は、データ活用面から屋外広告の利点と欠点について語られたほか、ネットフリックスがいかにしてクリエイティビティを確立しているかに着目しました。さらにディスカッションの締めくくりとして、登壇者がそれぞれ気に入った他社のキャンペーンを紹介。その理由から映画宣伝の成功の糸口が見えてきます。
※本記事で触れられているサービス内容はカンファレンス開催(2019年3月)時点の情報です

 

《目次》

 

屋外広告の利点とデータ活用のバランス

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
このパネルディスカッションの概要は、「映画宣伝を立ち上げる瞬間は、生死を分かつ瞬間である」としていますが、これは本当です。劇場公開でもデジタル配信においても、宣伝活動の立ち上げは重要な瞬間となります。宣伝開始時はできるかぎり注目される施策を打ちます。なぜなら、若年層にとってのファーストコンタクトは、宣伝をコンテンツと見なす瞬間だからです。うまくいけば15秒以上も彼らの注意を惹きつけられるのです。我々は再び屋外広告に注力するようになったのですが、これがその理由のひとつといえます。

 

 モデレーター
なるほど。魅力的な施策のようですね。

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
ケーブルテレビを解約したり、いとも簡単に広告をスキップしたりする世代が台頭してきている今日において、視聴者を確保するのは非常に難しくなってきています。

しかし、渋滞に巻き込まれた車内で強い印象を残せれば、それは現代でも大きな意味を持ちます。コンバージョンが計測できないため、屋外広告データに注目することはありません。消費者に宣伝活動で印象に残ったものが何かと尋ねれば、屋外広告という答えは返ってこないでしょう。けれども、我々は屋外広告に再び力を入れているのです。

 

 ブレア・リッチ(ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ/ワーナー・ブラザース・ホーム・エンターテインメント、以下WB)
これはラジオとも似ていますよね。我々はラジオネットワークの「iHeartRadio」とパートナーシップを結んでいるんですが、ひとつ意見が異なります。確かに屋外広告は非常に重要なメディアです。しかし、我々はデータや情報を取得できるものに対して資金を投下したいと考えています。なぜなら使い道があり、実用的な情報であると共に、媒体予算のROI(投資収益率)を測定できるからです。利用できるデータが増えれば、よりターゲティングの精度を上げることが可能です。とはいえ、我々はメディアのバランスをとらなければいけません。今日、それが我々の職務の最も困難な点ではないでしょうか。

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
全く同感です。3年ほど前に屋外広告をやめようとしましたが、それも変わりました。

 

 

 

 

自由と責任、ネットフリックスの社風が成し遂げた秀逸な広告

 

 ブレア・リッチ(WB)
Netflixも屋外広告を展開していますよね。忘れもしません。昨年、娘を車で学校まで送っていく際にNetflixの屋外広告を目にしました。それはジョーン・ディディオンのドキュメンタリー『ジョーン・ディディオン: ザ・センター・ウィル・ノット・ホールド』で、自分が観るべき作品だと思ったんです。

 

 ケリー・ベネット(ネットフリックス)
あれはあなたにピッタリの作品ですよね。

(会場笑)

 

 ブレア・リッチ(WB)
ありがとう。帰宅して主人に「今夜は何を観たい?」と聞かれたんです。主人は驚いていましたが、あの屋外広告は本当に効果的で、私は「ジョーン・ディディオンのドキュメンタリー」と答えたんです。実際のところ素晴らしい作品でした。

 

 モデレーター
屋外広告キャンペーンでは、「Netflix Is A Joke」と記された看板も効果的だったのではないでしょうか。あの広告を見て私は、「待って、あれは誰かがNetflixを揶揄しているの? 一体全体あれはどういう意味?」と思いました。あれは、Netflixのコメディ作品のラインナップをプロモーションする秀逸な宣伝でした。とてもクリエイティブな宣伝でしたので、あのキャンペーンについて少しお話しいただけませんか?

 

 

 ケリー・ベネット(ネットフリックス)
あれは我々がネットの“荒らし”に襲撃されたように思っていただくことが狙いでした。ですから、まさにその通りの効果があったと伺って嬉しいですね。

これには面白い裏話があります。チームのひとりから「コメディ作品のラインナップを公開するにあたってのアイデアが出たんだ。こんなことを屋外広告に書いて、自分たちを茶化してみようといものなんだよ。でも、少し生々しすぎるからボツにしようと思ってるんだ」との報告があったのです。

そこで私は、「それだ! 自信あふれるブランドがやるお遊びとしては最高じゃないか」と返答したんです。非常にわくわくしました。興味深かったのは、我々のビジネスカルチャーが、他の企業とは違う形のクリエイティビティを実現できたということです。ネットフリックスのカルチャーは自由と責任の両方を備えています。見つけられる限りで最高の人材を雇用し、クリエイティブ上の自由を与えて、願わくば彼らに人生最高の仕事をしてもらうのです。

そして、その裏側にあるのが責任です。自分のアイデアを仲間や同僚など、信頼できる意見を持つ社内の人間に聞いてもらい、フィードバックに耳を傾けるのが、アイデアを出す者の責任となります。

ですから、意外かもしれませんが、私のチームは世界中で1,100人もいるのにクリエイティブの承認プロセスというものはありません。我々の宣伝活動に正式な承認プロセスはないのです。自由と責任のカルチャーの中で、仲間に聞いてフィードバックを受ける。それが機能しているのです。「Netflix Is A Joke」のようなものを出せる企業はあまりないように思います。ニューヨーク・タイムズ紙の見出しや、上司からの叱責を心配するような重責を負った重役に承認してもらわなければならないからです。もちろん、いつもうまくいくわけではありません。大失敗したこともありますが、だいたいはうまくいきました。

 

 

 

 

トップマーケッターが挙げる“嫉妬した”宣伝

 

 モデレーター
最後に皆さんにお伺います。「これはしてやられた」と思った他社のキャンペーンと、そう思われた理由を教えていただけますか?

 

 ジョシュ・グリーンスタイン(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)
我々のキャンペーンは皆優れていますが……。

(会場笑)

私自身が観にいったのは、『アリー/ スター誕生』でした。良いマーケティングでしたね。

 

 ミシェル・フーパー(FOXサーチライト・ピクチャーズ)
私もそう思います。ベスト作品としては、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』を挙げさせていただきます。あれは最高でした。

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
私は、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』に一票を投じたいですね。単にノスタルジーに訴えかけるか、もしくはほとんどの消費者に向かないものになるリスクを見事に回避したのですから。今では使い古されたものですが、元はあのキャンペーンですよね。作品を真摯に受け止め、イコノグラフィーで表現しました。キャンペーン展開後、一切ぶれることがなかったため、カルチャー的なマスト作品にまで昇華されたのです。恐怖を求める感情は、今でも映画鑑賞の主要な理由のひとつです。

 

 

 

 

 モデレーター
たしか怖い映画が公開を控えていますね。ここでトピックを『Us(原題)』に移しましょうか。

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
我々は『ジュラシック』シリーズや『ワイルド・スピード』シリーズといったヒットIP(知的財産)を持っています。しかし、取り組んでいて楽しいのはオリジナル作品ですね。ジョーダン・ピールが我々のスタジオにいてくれることは非常に心強く、彼自身こそがIPであると言えます。まだ2作目ですが、ジョーダンのブランド力は途方もないものです。

 

 モデレーター
ジョーダン・ピールをブランドとしてマーケティングしているということでしょうか?

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
そうです。

 

 ブレア・リッチ(WB)
あのスポットは信じられないくらい素晴らしかったですね。

 

 マイケル・モーゼス(ユニバーサル・ピクチャーズ)
彼は優れた宣伝素材を提供してくれているのですが、今回は震え上がるようなイコノグラフィーを制作してくれ、素晴らしいコラボレーションとなりました。本当に素晴らしい。

 

 

 

 

 ブレア・リッチ(WB)
私にとって今年のイチオシのひとつは、『女王陛下のお気に入り』でした。本日、話題に上ったキャンペーンも一つ残らず優れたものだと思います。皆さんが手がけた作品はすべて映画館で観ていますし、どれも素晴らしい宣伝でした。ジョッシュ、『ヴェノム』の宣伝も素晴らしかったです。非常に大きなチャレンジであり、誰もがあなたのスタジオがどうやってあれをやってのけたのか注目し、秘訣を探ろうとしているんですよ。レイティング、悪役……。『ヴェノム』はあらゆる点でスーパーヒーローものでは初の試みでした。我々全員が、困難な状況の中であなたのスタジオがやり遂げた手腕を拝見していました。

 

特集:ハリウッドのトップマーケッターが語る映画マーケティング最前線2019