第2回:エリート主義的評価と商業的評価(マンガ編)
公開日: 2023/04/14
新潟国際アニメーション映画祭のForumにて3月20日、アカデミック・プログラム「文化庁+開志専門職大学共同調査 海外における日本のマンガ・アニメの価値づけの状況」が開催されました。同プログラムでは、マンガ、アニメそれぞれの調査結果の概要発表とそれを受けたディスカッションが行われました。
特集第2回は日本のマンガに関する調査結果の概要発表をレポート。文化庁メディア芸術担当調査官の椎名ゆかり氏が登壇し、「エリート主義的評価」と「商業的評価」という評価の違いを軸に、海外において日本のマンガが価値づけされる事例や施策を紐解きました。
※本記事で触れられている内容は2023年3月時点の情報です
<エリート主義的評価>と<商業的評価>、日本のマンガが置かれた状況
マンガの調査も第1回のアニメ同様にインタビュー形式を採用。対象国はフランス、イギリスに絞り、現地で日本のマンガを専門としている人、現地で現地のマンガを専門としている人に対して各国一人ずつ、合計4人にインタビューを実施したことが、文化庁メディア芸術担当調査官の椎名ゆかり氏より紹介されました。
続いて、今回インタビューした4人からは、価値づけ=高い評価を受けるとした場合、その評価の受け方として<エリート主義的評価(知識人による“文学的”もしくは“芸術的”面への評価)>と<商業的評価(商業的成功、大きな売り上げ達成を裏付けとする評価)>の2点の対比として語られ、今回の調査では<エリート主義的評価>がどのように行われているかについて焦点を当てたとの解説がありました。
それでは、海外で<エリート主義的評価>を受けているものとはなんでしょうか。椎名氏によると、文学的・芸術的作品としてのグラフィックノベルや大手新聞の文化欄にレビューが掲載されても違和感がないものが該当し、日本のマンガでは辰巳ヨシヒロやつげ義春などが名を連ねているそうです。一方で、『ドラゴンボール』や『NARUTO -ナルト-』のようなアニメ化された商業的作品は<エリート主義的評価>を受けないため、「日本のマンガは世界ですごいという発言を聞くことが多いかと思いますが、<エリート主義的評価>という点で見ると評価を受ける作品はまだあまり多くないと言えそうです」と、椎名氏が現状を明かしました。
インタビューで得た価値づけの事例・施策
マンガ部門でインタビュー対象となったのは、日本アニメ/マンガ/現代日本文化を専門とするフランスのライター・編集者のマシュー・ピノン氏(フランス)、バンドデシネを専門とするベルギーの出版社/ジャーナリスト/キュレーターのディディエ・パサモニク氏(フランス)、ロンドン芸術大学ポピュラーカルチャー担当教授のロジャー・サビン氏(イギリス)、コミック評論家のポール・グラヴィット氏(イギリス)の4人。椎名氏から個別インタビューを通じて得た印象的な価値づけの事例や施策が紹介されました。
ピノン氏によると、2000年代初頭、マンガは暴力的で子どもの教育によくないとされており、マンガ全般を否定する風潮があったといいます。フランスでは通常、マンガに男性名詞「Le」が使われるのですが、マンガを否定するこういった風潮に対抗して、芸術的なマンガにあえて女性名詞を付けて「La」を用いて表現し、それまでのマンガとの差別化をはかったムーブメントが起こったのだそうです。La Mangaの代表として、谷口ジロー、宮崎駿、つげ義春、高浜寛、魚喃キリコらが挙げられました。椎名氏はこの動きに対して「つまり、こういうムーブメントが起きたこと自体、いかに<エリート主義的評価>を受けていたマンガがその当時少なかったかということを示している」と分析しました。
パサモニク氏は、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』を引き合いにだし、今までのベストラー作品、商業的に成功した作品を古典として位置づけていくことの重要性を説きました。『アドルフに告ぐ』を読むことで、日本人がどのようにその時代を捉えたのかをフランス人が知ることができるなど、新たな見方で価値づけていく、さらには批評的に評価できる文脈を作るなど、時代を超えても高く評価される作品となるよう恣意的に価値づけていく必要があると強調しました。
続くサビン氏は、価値づけの意味合いは時代とともに変わることを指摘。例としてアメリカの漫画家・イラストレーターであるロバート・クラムを挙げ、かつてはアメリカのコミックス史では重要な作家であったものの、現在はジェンダー差別的な側面から評価が難しくなっているといいます。一方、日本の漫画家である高橋留美子は、作品にジェンダー的に流動的なキャラクターがよく出てくるということで、改めて評価されていることが分かりました。
グラヴィット氏のインタビューからは、権威のあるものを描くことによって権威を得る事例が紹介されました。2000年代中盤、劇作家ウイリアム・シェイクスピアの作品が『Manga Shakespeare』のタイトルでマンガ化され、大変に売れたそうです。本作はイギリスの権威あるシェイクスピア研究家が監修し、シェイクスピアが書いていたものに近い言葉を用いて出版されました。本作が成功したことで、マンガ自体もシェイクスピアを表現できるメディアと認知され、マンガ自体の価値も上がったといいます。
インタビューを行った4人からは、日本マンガの評価を高めるための提言もあり、椎名氏からその概要が語られました。そこでは、アニメ化されたヒット作品は知られているものの、海外ではまだ多様な日本マンガが紹介されていないため、さらなる紹介が必要であることや、マンガの良いところを日本の価値観ではなく、現地の価値観をもとに言語化してもらう必要性、現地での日本文化の理解促進、図書館や学校などのある種の機関に取り込むこと、マンガ家を作家としてプロモーションすることなどが挙げられました。
価値づけが行われる場所・媒体・人
4人のインタビューを終えた椎名氏は、日本のマンガが海外でいかに価値づけされているか、つまりどのように<エリート主義的評価を>得ているかについて、次のように結論付けました。
■どこで発表/展示/出版されるか
・文学的・芸術的雑誌に掲載、文学的・芸術的作品を出す出版社から出版
・権威ある施設(大英博物館など美術館、博物館)
・国際的なフェスティバル
■どこで情報発信されるか
・大手新聞文化欄
・文芸誌(ファン雑誌ではない)
■誰がそれについて語るか
・エリート主義的批評家
・エリート主義的批評家により称賛されている作家
・有名人(スポーツ選手、芸能人、有名Youtuberなど)
■その他
・世界的な賞の受賞
・日本での受賞
・「グラフィックノベル」というラベル付け
椎名氏によると、価値づけというのは特段奇抜なことをしているわけではないといいます。ただし、本調査を終えて確信したこととして、「良い作品だったら必ず評価されるとか、良い作品だったら何もしなくても評価を受けるということは必ずしもない。そこにはある種の戦略的な何かがあったり、それに対して動いている人がいたりとか、その価値付けのために動いている何かがあった可能性が高いのです」と強調しました。
(取材・構成:河西隆之)
- 第1回 価値づけを生み出す3つの装置(アニメ編)
- 第2回 エリート主義的評価と商業的評価(マンガ編)
- 第3回 価値づけプロセスの再現性(アニメ・マンガ)
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