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なぜ『ドラゴンボール』のテーマパークは中東で建設されるのか? サウジアラビアが描くコンテンツの長期共創戦略 ~AnimeJapan 2026セミナーレポート~
公開日: 2026/05/11

特集:AnimeJapan 2026レポート_第2回

世界最大級のアニメの祭典「AnimeJapan 2026」のビジネスデイに開催されたセミナーから、エンタテイメント企業のグローバル戦略に役立つ情報をお届けする特集記事。第2回は、セミナー「新興市場から戦略的パートナーへ— アニメの未来を担う中東」をレポートします。
サウジアラビアを代表するコンテンツ制作会社マンガプロダクションズのブカーリ・イサムCEOや日本の放送局・アニメ制作会社らのキーパーソンが集結しました。中東がコンテンツの共同制作パートナーへと変革を進めつつある現状と、日本のスタジオとの協働に向けた連携、健全なAI活用の方法など、アニメ産業の未来に向けて議論を深めました。

※ 本記事で触れられている内容は2026年3月時点の情報です。

マンガプロダクションズCEO ブカーリ・イサム氏マンガプロダクションズCEO ブカーリ・イサム氏

 

《目次》

 

 

国を挙げてエンタテイメント投資に注力するサウジアラビア

イサム氏のプレゼンテーションは、自身の中学3年生になる娘が『ハイキュー!!』のマンガを読んだことを機に、バレーボールを始めたエピソードから始まりました。「前向きな性格に変わり成績も上がり、サウジアラビア政府から奨学金を得るまでに至りました。そこまで人生を変えた作品です」。そして、日本のクリエイターが生み出したアニメやマンガといった作品が世界中を熱狂させていることに触れ、「コンテンツは日本の石油です」と称賛しました。

今や大きなポテンシャルを持つ日本の産業として注目を浴びるコンテンツ産業ですが、イサム氏は、優れた作品を今後どのように活用、展開していくのかが重要だと訴えます。「サウジアラビアが50年かけて石油輸出のパイプラインを築いたように、作品を世界に届けるためには、長期的なインフラ構築やマネジメントが不可欠です」。

その言葉を体現するように、サウジアラビアでは国を挙げてエンタテイメントへの投資を加速させています。具体的な事例としてイサム氏は、同国政府が主催する世界最大級のエンタテイメントの祭典「リヤド・シーズン」では、毎年大規模なアニメイベントが開催されていることを紹介。2024年には『ドラゴンボール』のテーマパーク建設発表が世界中のファンの間で大きな反響を呼んだことも例に挙げました。

加えてイサム氏は、サウジアラビアにおける人口の70%以上が35歳以下と若く、2024年から2030年までのアニメ市場の推定年平均成長率は14%(日本では4%、他の地域では7%)に達する成長市場だと説明しました。「前述のテーマパークの建設は、30年前に『ドラゴンボール』を観た子どもが現在の意思決定層になったことで実現しました。こうした実例から、現在主流の大人向けのアニメ作品だけでなく、30年後に意思決定層となる子どもに向けて作品を作ることが重要です」と、グローバル展開を見据え、数十年先まで愛されるIPを日本と共に育てていきたいという考えを示しました。

 

サウジアラビアと日本、30年先を見据えた協働のあり方とは

後半に設けられたパネルディスカッションでは、テレビ東京メディアネットの代表取締役社長である大信田雅二氏、サウジアラビアのエンタテイメント企業Selaのイベント部門副責任者(Deputy Chief of Events)のモヒーディン・ナーゼル氏、Production I.G代表取締役社長の和田丈嗣氏が登壇。両国のキーパーソンから、具体的な協業のあり方が語られました。

左から和田丈嗣氏、モヒーディン・ナーゼル氏、ブカ―リ・イサム氏、大信田雅二氏左から和田丈嗣氏、モヒーディン・ナーゼル氏、ブカ―リ・イサム氏、大信田雅二氏

 

大信田氏は、放送局の視点からアニメの投資戦略について言及しました。テレビ東京ではマンガプロダクションズと東映アニメーションが共同制作した『アサティール2 未来の昔話』の国内放送を行っています。サウジアラビアを始めとした中東地域では、単なる輸出先からイベントや商品開発などを行うパートナーへと変化しつつあると、手応えを語りました。

ナーゼル氏は、サウジアラビア市場におけるライブ体験の重要性を強調しました。「ファンはアニメを視聴するだけでなく、直接触れて感じられる体験を求めています。ここ数年のイベントの規模は数千人から1万人へと拡大し、チケットは軒並み完売しています」。こうしたリアルな体験の提供が、アニメファンのロイヤルティ向上につながっていると分析しました。

和田氏が代表を務めるProduction I.Gはサウジアラビアのクリエイターと交流し、共同で企画開発を行っていると明かしました。「彼らは幼少期から日本アニメを見て育っており、『何が面白くてカッコいいか』というクリエイティブの教養・共通言語がすでにできあがっている」と指摘しました。今後数十年にわたり、アニメを共に盛り上げる「重要な戦略的パートナー」だと信頼を寄せました。

 

制作現場はAI活用の波にどう向き合うか

またセミナー中には、アニメの制作現場におけるAIの活用方法についても、4者それぞれの立場から意見が交わされました。

イサム氏は冒頭のプレゼンテーション中、毎年1年近くかけて制作していた短編アニメーションを、著作権に問題のないデータのみを用いた生成AIを使用したことで、3日で作成・公開できたとの実績を話しました。「もちろん、クオリティは1年間かけて作った映像の方が優れています。しかし、100分の1のコストで、市場に届けられるレベルのものが作れました」。

加えて、2025年7月の国連WIPO(世界知的所有権機関)加盟国総会でイサム氏は、スタジオジブリのデータがAIに無断使用されている問題に対し、国際的な法整備の必要性を訴えたことを紹介しました。「AIを使った映像はクリエイターの皆さんから厳しい批判も寄せられました。しかし、AIを恐れるのではなく、正しい使い方を示していくべきだと考えています」。

大信田氏はパネルディスカッションで、放送局としての立場から見解を述べました。「AIをどう使うかは人間がどう考えるかによります。アニメに関わるすべてのクリエイターや声優にとって『プラスになる形』で使わなければならないと肝に銘じています」と語りました。

アニメの制作現場を預かる和田氏は終盤の質疑応答で、「法律的な問題や『正しい学習データ』とは何かがクリアされていない現状では、クリエイターを抱えるスタジオとしてAIの導入はまだ非常に難しい」と、真摯な見解を示しました。

モヒーディン氏は続けて、イベント企画などの時間や労力削減にAIは大いに役立つとしつつも、「エンタテイメントやライブイベントは人と人のつながりが重要であり、全てがAIに置き換わるわけではない」と述べました。

業界が直面する課題について率直な意見が交わされた後、セッションの最後にイサム氏は、日本とサウジアラビアの未来に向けた共同制作を力強く呼びかけました。地理的には遠く離れたサウジアラビアから来日したイサム氏ですが、心の距離が近いパートナーとして寄り添う姿勢をアピール。単なる取引先ではない長期的な関係構築を提案し、セッションを締めくくりました。

特集:AnimeJapan 2026レポート