映画ビジネスモデルは崩壊したのか?~グローバル興行会社・ハリウッドスタジオ・アカデミー賞主催団体のトップに人気ジャーナリストが切り込む~
公開日: 2024/06/05
米ラスベガスで行われたアメリカを中心に世界中の映画興行・配給関係者が集まる「CinemaCon2024」にて、世界最大の映画興行会社AMC Entertainment、ウォルト・ディズニー・スタジオ、アカデミー賞を運営する映画芸術科学アカデミーのトップが一堂に会するパネルディスカッション“AN INDUSTRY THINK TANK: 2024”が開催されました。
本記事ではAMCのアダム・アーロンCEOによる『映画ビジネスモデルは崩壊した』という問題提起に、モデレーターを務めたPuckの創業パートナーのマット・ベローニ氏が斬りこみます。
※本記事で触れられている内容は2024年4月時点の情報です
マシュー・ベローニ(Matthew Belloni)
Puck News:創業パートナー、ポッドキャスト“The Town”:主催
パネリスト
アダム・アーロン(Adam Aron)
AMC Entertainment:会長兼CEO
ビル・クレイマー(Bill Kramer)
映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences、AMPAS):CEO
キャスリーン・タフ(Cathleen Taff)
ウォルト・ディズニー・スタジオ:ディストリビューション、フランチャイズ&オーディエンスインサイト プレジデント
グローバル映画興行市場の最重要トップマネジメントが一堂に会するパネルディスカッションをトップジャーナリストがモデレート
ラスベガスで行われた2024年のCinemaConにおいて、劇場経営主やスタジオ・エグゼクティブたちが押し寄せ満員御礼となったシンポジウムがあった。この「AN INDUSTRY THINK TANK: 2024」には、世界最大の劇場チェーン、AMCのアダム・アーロン会長&CEO、ビル・クレイマー映画芸術科学アカデミー(AMPAS、アカデミー賞主催団体)CEO、ウォルト・ディズニー・スタジオで劇場配給担当社長を務めるキャスリーン・タフ氏といった、映画業界屈指のプレイヤーがパネリストとして登壇し、さらにモデレーターをメールニュース「PUCK」創始メンバーのマシュー・ベローニが務めるという布陣で、映画業界中の耳目を集めていた。
弁護士資格を持ち、長年「ハリウッド・リポーター」誌の編集局長を務めていたベローニ氏は今、エンタテイメント業界をカバーするジャーナリストの中で最も注目される存在である。その理由は、彼が創立メンバーの一人である新興メディア「PUCK」にある。ハリウッド(エンタテイメント)、ワシントン(政治)、シリコンバレー(テック、データ)、ウォール街(金融)の4都市から、大手メディアが扱う前のフレッシュな情報を登録メンバーに届けるメールニュース方式で、およそ20万人のメール会員と、2万人の有料会員を持つ。その中でもベローニ氏が担当するハリウッドのインサイダー情報は、数々のスクープを飛ばしてきた。昨年夏、クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』が全米のIMAXスクリーンを公開から3週間独占的にブッキングしたことについて、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』のトム・クルーズが快く思っていないという小話を報じた。このスクープは瞬く間に映画業界誌のヘッドラインを飾り、スタジオのPLF(プレミアム・ラージ・フォーマット)スクリーン争奪戦に油を注ぐことになった。
左から、マシュー・ベローニ氏、アダム・アーロン氏、キャスリーン・タフ氏、ビル・クレイマー氏Photo by Jerod Harris/Getty Images for CinemaCon 2024
終わらない世界映画興行の停滞は誰の責任か?
今回のシンポジウムにおいて、ベローニ氏の舌鋒は集中的にAMCのアダム・アーロン会長に向けられていた。アーロン会長は開口一番、「映画の基本的ビジネスモデルは、4年前にすでに崩壊していたのです」と言い放った。2020年3月、世界中を襲ったパンデミックにより、北米の映画館は長いこと営業が再開できず、興行成績は2019年の110億ドルから20億ドルにまで落ち込んだ。パンデミック以外の要因もあるが、2023年度の興行収入も全盛期の80%程度にしか回復していない。そこで、アーロン会長はエンタテイメント界の若き女王、テイラー・スウィフトと手を組み、彼女の最新ツアードキュメント映画をAMCで独占配給、脚本家協会と俳優組合のダブルストライキで公開作品が軒並み延期になっていた時期にスクリーンを提供した。12月にはビヨンセのコンサートドキュメンタリーの配給も行い、パンデミックの後遺症やストライキでハリウッドが停滞している間に、AMCは新たなる金脈を掘り当てていた。
アーロン 「しかし、今年のCinemaConの最大の話題はビジネスモデルの崩壊ではなく、2024年、そして25年、26年と、映画業界は再び健全で堅調なビジネスを取り戻すだろうという予見です。そして、過去4年間とは全く異なる市場の変化が訪れることでしょう。状況が改善されないのなら、変化を遂げなければならないということです。一つ言えることは、ハリウッドのスタジオが映画製作本数を増やせば、それだけで問題は解決します」。
ベローニ 「キャスリーン、スタジオに責任があるとすると、何でしょうか? アダムはもっと映画を作れと言っていますが」。
タフ 「その通りですが、映画配給はパートナーに依存する部分も大きいのです。スタジオの観点から言わせていただくと、共に歩んでいくことが大切です。ディズニーでは劇場公開に力を入れています。私たちは、素晴らしい作品が劇場で公開され、観客が何度も劇場に足を運んでくれることが、会社にとってどれほどの意味を持つのかを知っているからです。それがうまくいくと、社内にも良い波及が起き、ブランドの無限の原動力になります」。
ディズニーの映画興行戦略の現在
ウォルト・ディズニー・スタジオで劇場配給およびビジネスや観客動向を担当するタフ氏は、ディズニーが劇場公開に軸を置き、強靱なブランドを築くことでアニメーション作品のドレスやおもちゃを売り、パークのアトラクションを作り、さらにストリーミング・サービスへと顧客を誘導するビジネスモデルをディズニーの要として挙げる。だが、ベローニ氏が問いただしていたのは、ディズニーは2024年第一四半期に新作を公開せず、旧作の再公開で凌いでいる現状だ。
ベローニ 「失礼ですが、私がお聞きしているのはストライキの影響ではなく、『星つなぎのエリオ』や“Snow White”といった今年公開予定だった作品についてです。これらの作品の公開延期を判断する際に、劇場側との対話はあったのでしょうか。おそらくなかったですよね」。
タフ 「適切な公開日を選ぶ必要があります。そして、これらの映画はストライキによって制作が遅延しました。もちろん劇場側のことも考慮しましたが、未完成の映画を公開することはできません。1月から4月に新作映画の公開はありませんでしたが、(劇場側の)意見を尊重する努力をし、ピクサーの過去作をストリーミングから劇場へと移しました。今後の公開スケジュールにも期待しています。『猿の惑星/キングダム』『インサイド・ヘッド2』『デッドプール&ウルヴァリン』『エイリアン:ロムルス』、そして来年は“Moana 2”(『モアナと伝説の海』続編)と『ライオン・キング:ムファサ』……。スタジオは観客が映画館に戻れるように、安定したコンテンツ供給を行わなければなりません。2月には、12歳から74歳のアメリカ人のうち76%が過去12カ月の間に最低1回は映画チケットを買ったというレポートがありました。このように、すべての年齢層が劇場に戻っていますが、その頻度は過去の水準に戻っていません。ストライキの影響でいくかの作品を延期せざるを得なかったけれど、観客が劇場へ足を運ぶ頻度を“ときどき”から“いつも”に移行することができれば、向上していくと思います。北米よりも早く復活を遂げている海外市場では、ラインナップの隙間にローカル作品を定期的に投入しています」。
ベローニ氏は、さらに「かつて70億ドルの興行収入を稼いだディズニーがここまで縮小したことの影響は大きい。クリエイティブ部門がすべて失速してしまったことについてはどう考えているのか」と迫る。
タフ 「今後のラインナップには、ここ最近にはなかったレベルで非常に自信を持っています。クリエイティブ、マーケティング、配給部門、そしてパートナーたちは、いずれも素晴らしい力を持っているからです。自分のポケットマネーで投資できるならしたいくらい」。
文/アメリカ・ロサンゼルス在住、エンタテイメントジャーナリスト:平井伊都子
- 第1回:映画ビジネスモデルは崩壊したのか?
- 第2回:アカデミー賞がグローバル映画興行復興に果たす役割とは?
- 第3回:世界映画ビジネスの復興に向けた展望とトップ企業の使命
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